34話
水門と言っても、村にあるのは国単位で製造・管理されているような立派な代物ではない。周辺で採集できる素材をなんとか加工し、水門としての最低限の役割を果たせるように形を再現しただけの、粗削りな設備である。自動で開閉可能な機能など搭載できるはずもなく、操作の際は必ず人力が必要となる。
視界が悪く、手も足も滑る苛烈な環境の中、男たちは三人掛かりで用水路の門を塞いだ。門の裏側は、麻の袋に土を詰めた土嚢を幾重にも積んで補強してある。汗だか雨だか分からない水が、全身に纏わりついて気持ち悪い。体力の消耗も驚くほど早い。それでも、作業を止めるわけにはいかなかった。
「はあ、はあ……水門はひとまずこれでいいだろ。吐水路側も閉じたから逆流はしねえだろうし」
「後は、堤防の淵にも土嚢を積んで……」
「ああ。残りは俺一人でやる。お前たちは避難してくれ」
毅然とした態度で言い放ったリューズナードに、仲間たちが食って掛かる。
「はあ!? 何言ってんだ! こんなの一人でできるわけねえだろ!」
「一人で作業続けてもしものことがあったら、助けも呼べねえ! ふざけてんのか!」
「……すまない、言い方が違った。お前たちは、自分の家族のところに付いていてやれ」
「!」
男たちが言葉を詰まらせる。
彼らはそれぞれ、高齢の母を連れて祖国から逃げ出して来た者と、この村へ来てから新しい家庭を築いた者だ。両者とも、大切な家族と穏やかな日常を過ごせる幸せを噛み締めながら日々を生きているし、その様子は村の誰もが知っている。
「こんな時こそ支えが必要だ。他の誰も、代わりはできない。お前たちだって心配だろ」
「それは……そうだが……っ」
「だったら、お前も一緒に――!」
共に避難しよう、と伸ばされた腕を、リューズナードが拒絶した。
「俺には、失いたくない家族なんて、もういない。……早く行け!!」
いつになく荒い語気に、リューズナードの意思の強さが窺える。どれだけ危険に見舞われようと、自身が避難するつもりは毛頭無いのだろう。きっともう、何を言っても彼は動かせない。付き合いの長い仲間たちが、それを悟るのは容易なことだった。
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