127話

 この国で最も偉く、最も強い父から向けられた鋭い視線に、ロレッタも、ミランダさえも、たじろぐ。やがてミランダが、渋々これまでの経緯を話し始めた。リューズナードという非人の剣士のこと、ミランダが彼を脅して契約と婚姻を承諾させたこと、ロレッタが彼の村で暮らしていたこと、他国の情勢を鑑みてロレッタを呼び戻したこと、そして彼がロレッタを追って王宮へ乗り込んで来たこと。


 難しい表情で話を聞き終えたグレイグは、ミランダに書類を持ってくるよう指示した。


「……どうなさるおつもりですか?」


「いいから、早く持ってきなさい」


 有無を言わさぬ口調で告げられ、ミランダが仕方なく自室へ戻ろうと動く。が、乱雑に脱ぎ捨てたパンプスのヒールが壊れていることに気付いた彼女は、父の横で待機していた兵士の一人に保管場所を伝えて、代わりに取りに行かせた。


 数分かけて戻って来た兵士から、件の契約書と婚姻届けを受け取り、再び難しい表情でそれらを眺めるグレイグ。ようやく呼吸が落ち着いてきたリューズナードと共に、ロレッタも緊張しながら様子を窺う。


「……おい、小僧」


 やがて、顔を上げたグレイグが、リューズナードへ視線を移した。


「お前は先ほど、水に限りなく近い性質に化けた私の魔力を飲み込んだのだ。その体、もはや私の指先一つで、どうとでもなる。下手な抵抗は考えないことだ」


「……!」


 ロレッタは息を呑む。


 それは、ロレッタが川の水を転移させたのと同じ。自然に存在する水へ自身の魔力を流し込んで支配下に置く、水の国アクアマリンの王族だけが使える強力な水魔法である。


 成人男性の体のおよそ六割は水分で構成されているという。その水分の循環を狂わされたら。あるいは、全て体外へと転移させられたら。きっと、一溜りもない。


 人間に魔力を飲ませて内側から壊す、だなんて、考えたこともなかった。そんなことを当たり前に提案し、あまつさえ、いざとなれば本気で実行するのだろう父を、初めて恐ろしいと思った。


「改めて問おう。お前はここへ、何をしに来た?」


 少しでも答え方を間違えれば、死が待っている。自分が回答を求められたわけでもないのに、ロレッタは手が震えた。


 すると、その手にリューズナードの手が重なった。大丈夫だ、とでも言うように、優しく包み込んでくれる。


 そのまま彼は、毅然とした態度で言い放った。


「……ロレッタを連れ戻しに来た。戦場へなんて行かせない。どこへも、行かせない」


 グレイグの目が、スッと細められる。


「ほう……。その為に、魔法の使えない身でありながら、単身ここまで乗り込んで来た、と申すか。そのようななりになってまで?」


「だったら、なんだ」


「…………ふむ」


 ひとまず、魔法を使う素振りは見せないまま、グレイグが今度はミランダへ目を向ける。

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