128話

「ミランダ」


「……はい」


「この契約は、お前がこの国の為に必要なものだと判断し、取り付けたのか?」


「可能性のお話ですわ、お父様。水の国アクアマリンの外敵が増える可能性が万に一つでもあるのなら、事前に万全の対策を講じておくのは当然のことです」


 ミランダもまた、毅然とした態度で答えた。


 彼女は常に、「水の国アクアマリンを守りたい」という一心で行動している。それ自体はなんら問題ない。ただ今回は、その為の手段や考え方がロレッタたちとは合わなかった、というだけだ。互いに譲れない信念を、戦いを通じてぶつけ合うしかなくなってしまった。悲しいことだな、と今更ながら思う。


 両者の言い分を聞いたグレイグが、ふう、と息を吐く。そして、


「……そうだな。お前の考えが間違えているとは思わない。しっかり者に育ってくれて嬉しいよ。…………だがな、ミランダ」


 手にしていた書類を、ぐしゃり、と握り潰した。


「私は、愛する娘を差し出してまで、こんな約束をしておきたいとは思わないのだよ」


「!」


「この身が病に侵されてからというもの、国や王家を支える負担をお前一人に背負わせてしまっていたな。申し訳ない。これから少しずつ、共に政策を見直していこうか」


「い、いえ……ですが、お父様……!」


 例え病床に臥していようとも、この国の現王はグレイグだ。政治も軍議も、最も強い決定権は彼にある。ミランダはあくまでも代行に過ぎない。彼が「白だ」と言えば、この国のあらゆるものが瞬く間に白く染まる。


 息災だった頃よりグレイグは、心から水の国アクアマリンと、家族を愛していた。妻を何よりも大切に想っていたし、ミランダとロレッタのことも兵士たちに呆れられるほど可愛がってくれていた。


 冷静に考えれば、自他共に認める子煩悩の父が、政治の為に娘を嫁がせることなど、許すとは思えない。ロレッタの結婚はミランダの独断で、しかも父には報告していなかったのだろう。久しぶりに起きたら娘が嫁に行っていた、なんて、病で気力を奪われていなければ怒り狂っていた可能性すらある。


「約束がなければ不安か? ならば、お前に代わって、私が直々に言い付けておいてやろうか。……小僧」


「…………」


「返事くらい寄越したらどうだ。それと、娘の手を放せ。不快だ」


「嫌だ」


「殺すぞ」


「知るか」


 一国の王を前にしても全く態度を改めないリューズナードに、ロレッタのほうがおろおろしてしまう。彼の身を案じてやんわり手を外すと、何も言わずに悲しそうな目で見詰められた。心が痛み、指の先同士をほんの少しだけ触れ合わせれば、ホッとしたように目元を和らげる。


 殺す、と脅されても平気な顔をしている癖に、ロレッタの些細な行動で簡単に心を動かし、更にそれらが余すことなく表情や態度に表れる彼を、場違いながらも愛おしいと感じた。

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