13話
「ところで、どうして一人で村の外へ出てしまったのですか? 先ほどのお話だと、普段から、一人では行かないように、と言い付けられていたのですよね?」
気になっていたことを、なるべく優しく、責めるような響きにならないよう注意しながら尋ねると、ネイキスが少し俯いた。
「……最近、母さんの元気がないんだ」
「かーたん、ないない」
「え……」
「一週間くらい前に、母さんが怪我しちゃったんだ。大丈夫だって言うんだけど、ずっと元気なくて……。それで、母さんの好きな花が外にあるから、持って行ったら、元気になってくれるかなって、思って……」
「かーたん、おはなたん、すき!」
たどたどしい説明から情報を汲み取り、ようやく納得する。母親の見舞いに花を渡したかったが、その花の生息地が村の外にしかなかったのだろう。なんとか母親を元気付けたくて、大人の目を掻い潜って外へ出た結果、ミランダの遣いで行動していた兵士と遭遇してしまった、といったところか。
「そうだったのですか、それは心配ですね……。お母さまがお好きなのは、どのような花なのですか?」
「うんとね、白くて、ちょっとピンクで、真ん中が黄色くて、木の上に咲いてる花! 実もなってて、果物だけど、あんまり美味しくないんだって」
「ぺっ、ぺっ!」
「果物……」
頭の中で、幼い頃に読み込んだ植物図鑑を思い浮かべた。単体ではあまり美味しくない果実が実る、白い花を咲かせる木。生息地は森の中。それほど多くはない候補の中から、最も可能性の高そうなものに当たりを付けてみる。
「それは、このような花でしょうか?」
ロレッタは近くに落ちていた枝を手に取り、地面に花の絵を描いて見せた。特徴を残しつつ簡略化した花を、手早く構築していく。最初は不思議そうに覗き込んでいたが、やがてその絵の全貌が分かり始めると、子供たちの目が輝いた。
「そう、これ! 母さんが好きなヤツ!」
「れーたん、じょーず!」
「ありがとうございます。これは、ルワガの花ですね。確かに、この村へ来る道中で見かけた気がします。私の故郷にも生息していて、幼い頃に母が果実を食べさせてくれました」
「美味しくないのに?」
「ぺっ、ぺっ、しない?」
「味はなんとも言えませんが、微量の魔力回復効果があるので、体調を崩した際に重宝するのですよ」
怪我や病気に体が蝕まれると、体内の魔力制御が乱れることがある。人によっては、膨大な魔力が一気に暴発したり、欠乏症を起こして体力が著しく低下したり、といった症状が現れてしまう。ロレッタは後者の症状を引き起こしやすい傾向にあるようで、幼少期に熱を出す度、母がルワガの実を剥いて食べさせてくれたものだった。
「……魔力、回復?」
「ちょーほー?」
「!」
しばし郷愁に駆られたロレッタだったが、不思議そうな顔をしている子供たちを見てハッとする。この子たちは、魔法が使えない。「魔力が回復する」という感覚が伝わらないのだ。
「ええと、とっても元気になる、ということです。それよりも、あの、この花、よければ私が取ってきましょうか?」
「え、いいの? でも、外は危ないよ?」
「ないないよ?」
「……私は、大丈夫です。お任せください」
並の兵士が相手ならば魔力勝負で負けはしないだろうし、自分の身に何かあったところで困る人もいない。だから、大丈夫。
胸に刺さる小さな痛みを飲み込んで、ロレッタはニコリと笑った。
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