14話

 石の壁に備え付けられた通行口を再び潜り抜け、村の外へ出る。改めて見てみても、この壁はお世辞にも堅牢とは言えない。野生動物の侵入を防ぐくらいはできるかもしれないが、魔法相手では歯が立たないだろう。


 つまり、この壁の役割は「守護」ではなく「警告」だ。住民に対しては、この向こうへ一人で行くな。外部の人間に対しては、ここより内側へ踏み込むな。そんな確固たる意思を感じる。


 なにせ、この村には、魔法国家の王族さえもが警戒するほど腕の立つ剣士がいるのだ。彼の存在そのものが、何よりも堅牢で強固な護りに他ならない。


 馬車の窓から見えた光景を頼りに、ロレッタは森の中を進んだ。上品なドレスの裾があちらこちらに引っ掛かり、足を取られそうになる。ヒールと美しい装飾の付いたパンプスも、砂利道には向いていない。しかし、着の身着のままで王宮を追い出されてしまった為、他に着替えがないのだった。裾を括って片手で持ち上げ、慎重に足を踏み出しながら目的地を目指す。


 時間をかけて必死に歩き、ようやくルワガの木の群生地まで辿り着いた。恐らく村からそれほど離れてはいないのだろうけれど、必要以上に時間と体力を消耗した気がする。少しばかり呼吸を整えてから、大木の根本へと近付いた。


 太く立派な幹、無数に分かれた枝、風を浴びてそよぐ緑の葉、赤い皮に覆われた果実、そして小さな可愛らしい花。昔、図鑑で見たものと全く同じだ。水の国アクアマリンの国内にも栽培している敷地はあるらしいが、ロレッタは直接見たことがない。写真の印象よりもずっと猛々しく、それでいて大自然を生き抜くしなやかさをも持ち合わせたその姿に、言い知れない高揚と感動が押し寄せてくる。


 果実や花を実らせた枝は、ロレッタが手を伸ばした程度では届かない高さにあった。足元にもたくさんの枝や葉が落下しているが、美しい形状を保った花は見当たらない。そもそも見舞いで渡すものなのだから、散り落ちた花では縁起が悪いだろう。


(仕方ないわ……ルワガさん、ごめんなさい)


 心の中で持ち主に謝罪をしつつ、右手を細い枝の根本へ向けた。循環する血液のように、体内を魔力が駆け巡る様を想像し、右手に力を込める。水の属性を秘めた魔力が、青い光を放ちながら右手の周りに具現化され、標的を目掛けて放たれた。


 ポキリ。軽い音を立てた直後、攻撃を受けた枝が支えを無くして落下した。ルワガは花と果実が同時に実る珍しい植物だが、落とした枝に果実はない。茂る葉の内側から、先端部だけ薄桃に染まった白い花が顔を覗かせている。枯れたり傷付いたりしている様子もないので、これならば喜んでもらえるはずだ。


 満足したロレッタが、日が落ちる前に村へ戻ろうと踵を返した、その時。


「誰だ!!」


 森のほうから、低く鋭い男性の声が飛んで来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る