第4章 番外編⑥
見かねたサラに、台所まで連行される。そして、過去に武器として使用していた物とは異なる形状のハンディナイフを渡された。
「はい、これを使って」
「……俺がやるのか?」
「あなたがロレッタちゃんに渡すお見舞いなのだから、当たり前でしょう? 私は私で、別の物を持って行くわよ。ほら、こんな風に刃を当てて、果物のほうを回しながら少しずつ皮を剥いていくの」
「…………」
丁寧に見本まで見せられ、とても拒否できる雰囲気ではなくなってしまった。渋々ルワガを手に持ち、見様見真似で挑戦してみる。しかし、果肉を深く抉ったり、自分の指を切り落としそうになったり、なかなか思うように作業が進まない。
「……あなた、本当に手先が不器用なのね。一生懸命頑張っているのは伝わるのだけど、危なっかしいわ……」
「そう思うのなら、代わってくれ……」
「駄目。贈り物は気持ちが大切なの。あなたが自分で用意することに意味があるのよ。あなただって、ロレッタちゃんの料理を食べたことがあるでしょう? ロレッタちゃん、とても頑張って作っていたのよ」
ロレッタの料理。なんの話かと気を取られそうになったが、そう言えば一度、書き置きと共に食事の用意がされていたことがあったな、と思い出す。寝具の横に鍋が直置きされていて、何事かと混乱したものだ。この口振りだと、一緒に作ったか、あるいは料理の作り方をサラがロレッタへ教えたのだろう。ただ、リューズナードはそれを口にしていない。
「食ってない」
「え? どうして?」
「食料も、水も、火を起こすのに使う薪も、ここでは貴重な資源だ。俺の食事の為にわざわざ消費する必要はない。それに、どう見ても俺よりあいつのほうが、薄くて貧弱な体をしている。栄養を摂るべきはあいつだろう」
「……ああ、そう……。それ、ロレッタちゃんにもきちんと説明したのよね?」
「ああ。お前が食え、と伝えた」
「……は?」
ロレッタがしてきたのと同じように、寝床の横に鍋を置いて、書き置きも残した。読んでいないことはないはずだ。あの美味そうな雑炊は、きっと彼女の朝食にでもなったのだろう。それが一番良い。
「本気で言っているの……?」
「?」
ありのままを報告したら、何故かサラの表情が引き攣った。
「そんな言い方で、分かるわけがないじゃない!」
「!?」
「だからロレッタちゃん、少し落ち込んでいたのね……。あなたはいつも、言葉が足りない! ただでさえ、口も目付きも悪くて怖いのだから、自分の気持ちくらい誤解されないようにしっかり説明しなさいよ!」
「誤解……?」
「ああもう! とにかく、ロレッタちゃんが目を覚ましたら、今回のことと今までのことを、落ち着いて話しなさい! 分かった!?」
「わ、分かった……」
「その為にも、ほら! 手を止めない!」
「ああ……」
食器を借りにきただけなのに、いつの間にか叱られていた。何故。
一度断って以降、食事の用意をされることがなくなったので、正しく伝わったものだと思っていた。しかし、どうやら何かが違ったらしい。
思えば、ロレッタと口を利いたのも、ずいぶん久しぶりだった気がする。下手をすると、彼女が村にやって来た日以来だったかもしれない。彼女との対話は契約に含まれていないのだから、特に問題はないはず。
ただ、どういうわけかロレッタのほうからこちらへアクションを起こしてきていて、自分は応答の仕方を間違えたようだ。それだけはどうにか把握できた。だからどう、ということもないが、今回の一件の礼は言わなければならないので、ついでに少し話を聞くくらいは試みるべきなのだろうか。
「やーい! リュー、怒られてやんの!」
「やんの!」
「うるさい……!」
「よそ見しないの! 危ないでしょう!」
サラに叱られ、子供たちに茶化されながら、リューズナードは懸命にルワガとの戦いを続けた。
十数分後。器に盛られた粗末な完成品を見たサラが、怒るでもなく静かに、
「……なんで?」
と訊いてきた。
「……分からない」
それ以外、答え様がなかった。
第4章 番外編 終
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