第4章 番外編⑤

「へぇ……。ロレッタちゃんに、お見舞い……」


 比較的、自宅の被害が少なそうだったサラに声をかけると、なんだか驚いたような顔をされた。


「……なんだ」


「ああ、いえ、少し意外だったものだから……。ロレッタちゃんが『監視されている身ですので……』なんて言っていたから、あなたたちはもっと殺伐とした関係なのかと思っていたのだけれど」


「……それと今回のこととは別の話だろう。村を救ってもらった礼はしなければならない」


「ふふふ。あなたのその、貰った分はちゃんと返そうする律儀なところ、私は好きよ。ええと、一人分の食器があれば良いのよね? お皿とフォークで良いかしら」


「ああ、頼む」


 ロレッタや水の国アクアマリンとの繋がりを知っているサラは、いろいろ話が早くて助かる。足元で駆け回る子供たちを器用に躱しながら、真っ直ぐ戸棚へ向かって行った。


 リューズナードの中に、自分が律儀な人間である、という認識は欠片も無い。ただ、一方的に受け取るだけでは落ち着かなくなるだけだ。人から何かを与えられる感覚を、リューズナードは祖国で仲間たちに出会うまで知らなかった。そして、知らずに生きていた期間のほうがまだ長い所為なのか、与えられた時に感じる不思議な温かさを消化する方法が、未だに分かっていないのだった。


 自分が相手の為に働き、与えられた温かさをそのまま相手へ返す。そうすれば落ち着かない気持ちが多少紛れるのだということを、仲間たちと接する中で学んだ。言わばこれは、自分の中に熱が燻り続けるのを防ぐ為に行う、自己防衛の一種なのだ。与えられるばかりでは、いつか溺れてしまうから。


 サラが食器を持って戻って来た。礼を言って受け取り、一旦、横に置いておく。果実を丸ごと器に乗せたのでは食べにくいだろうから、切り分ける必要がある。


 最も使い慣れた刃物を鞘から引き抜こうとしたところ、サラに慌てて止められた。


「ちょっと!? 小さい子供も居る家で、そんな物騒なもの振り回さないでよ! それに、果物なのだから、皮や種を取り除かないと食べにくいのではないの? 刀でそんな細かい作業はできないでしょう」


「! そ、そうか……そうだな、悪い」


 自分で食べた時のように切断すれば良いかと思ったが、確かに少し食べづらかったなと思い直す。皮も種も食べられそうにないので、取り除いてやったほうが親切だ。


 手中の果実をまじまじと眺め、やがてリューズナードは小さく呟いた。


「……取り除く……?」


 種は、果実を割れば断面からくり抜くことができるだろう。しかし、皮を取り除く、とは一体。指で剥がせる硬さではないし、いっそ握り潰せば中身と皮を分離できるだろうか。いやでも、美味くない上に原型を失くした果物なんて、自分でも食べたいとは思わない。なら、どうする?


 自炊を全くしない為、調理や下拵えの工程がまるでピンとこない。ナイフは武器だと思っている為、ナイフで果物の皮を剥く、という発想に至らない。首を傾げるリューズナードを見て、サラが深々と溜め息を吐いた。


「本当に、もう……っ。ロレッタちゃんが可哀想だわ。ちょっと、こっちへいらっしゃい!」

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