12話

 兵士の装束を着ているものの、顔付きや体型は明らかに女性である。きっとミランダのように、戦闘慣れしているタイプの女性なのだろう。単調なカウンターとは言え、リューズナードの攻撃を防ぎきった。


 楽しそうな様子の女性とは対照的に、リューズナードは忌々しそうな表情を浮かべている。


「……何をしに来た、ナディヤ」


「そんな邪険にしないでよ。ちゃんと用事があって来たんだからさ。もちろん、リュー君にも会いたかったんだけどね」


「ふざけるな」


「つれないなあ」


 装束を着ている以上、ナディヤと呼ばれた彼女も魔法が使える人間のはずだ。しかし、その割に、随分リューズナードに気安く接しているように見える。非人だからと見下している風にも感じない。何より、リューズナードのことを愛称で呼ぶ人物が、原石の村ジェムストーンの住人以外にも居ると思わなかった。それも、あんなに華のある容貌の女性が。


 ロレッタの胸中で、言い様のない感情が渦を巻く。すぐには戦闘に発展しないであろう雰囲気を確認しつつ、おずおずとリューズナードの後ろまで移動し、小さく服の裾を掴んだ。


「あ、あの……お知り合い、ですか?」


 リューズナードが少し驚いたような顔で振り向く。ナディヤを警戒してか、すぐに向き直ってしまったけれど、服を掴んだ手が振りほどかれることはなかった。


「ナディヤ・ベルネット。炎の国ルベライトの騎士団長だ」


「騎士団長……」


 かつてリューズナードも所属していた、炎の国ルベライトの王宮騎士団。そこで数多の兵士たちを束ねている長ということか。


 魔法が使えないリューズナードに役職が与えられることはないだろうから、彼よりも戦闘能力が高いという証明にはならない。しかし、少なくとも他の一般兵よりは強いのだろう。性別の違いにより生じる筋力や体力の差など、魔法の力量次第でいくらでも覆せる。


「何、その子? 非人のお友達? やっほ~!」


「ええと……」


「相手にしなくて良い」


「ひっど! ちゃんと紹介してよ。『未来のお嫁さんだぞ』って!」


「え……?」


「斬り殺されたいのか」


「めっちゃ怒るじゃん。他のキモい連中と違って、ボクは普通に死ぬんだからやめてよ。ああでも、リュー君のその殺気立った目、好きだなあ。騎士団にいた頃が懐かしくなるね。強いリュー君が、弱い兵士やつらから一方的にいたぶられてさ。王様に言われたか何かで反撃できなかったんだろうけど、絶対に心は折れなくて、いつも『殺してやる!』って目で睨み返してたの。あの視線、思い出すだけでゾクゾクする……!」


 当時を振り返っているのか、恍惚とした表情で語るナディヤ。対するリューズナードは不機嫌そのものだ。彼にとって、祖国での出来事のほとんどは思い出したくもない代物なのだろう。


 ロレッタは以前、ウェルナーから彼らが炎の国ルベライトを脱出するまでの経緯いきさつを聞いたことがある。ただそれは、あくまでウェルナーが把握している範囲の出来事でしかない。騎士団でリューズナードがどんな扱いを受けていたのかは、同郷の仲間たちでも恐らく知らないのではないかと思う。


 いたぶられた。反撃できなかった。言葉の断片を拾うだけでも、おぞましい光景が繰り広げられていたことが想像できてしまう。服の裾を掴む手に力が入った。


「黙れ。結局お前は、何をしに来たんだ。昔話に付き合う気はないぞ」


「あ、そうだった。リュー君に訊きたいことがあるんだよね。まあ、別にリュー君じゃなくても良いんだけど。ちょっと、人を捜しててさ。最近この村に、炎の国ルベライトを脱走した非人が来なかった?」


「……炎の国ルベライトを脱走? 知らないが」


 淡々と返すリューズナードを、ナディヤが鼻で笑う。


「嘘つくなんてひどいなあ。居るよね? この辺で他に逃げ込めるような場所なんてないもんね?」


「知らないものは知らない。そもそも、魔法を使えない人間が脱走したとして、何故わざわざ追いかける? お前ら魔法国家の連中は、俺たちに興味なんてないだろう」


「うん、普通はそうだよ? 例えばそいつが、リュー君たちみたいに丸腰で逃げてくれてたら、こんな面倒なお遣いも要らなかったんだけどね。ヤバいもの持ち逃げされた可能性が出てきちゃって、話を聞かなきゃいけなくなったの」


「ヤバいもの……? 騎士団長のお前が直々に探すほどの代物か? そんなもの、人並みの地位や権利すら与えられない人間に、持ち出せるはずがない」


「ボクたちもそう思いたいんだけど、機密情報の紛失を確認したその日に、国から逃げ出した非人が目撃された。タイミング良いと思わない? 王宮や近辺では他に怪しい情報も出てこなかったし、ちょっと無視できないかな」


 二人の話を理解しようと、ロレッタは必死に考える。


 国の機密情報ともなれば、十中八九、王宮やその直属の機関で保管されていたはずだ。しかし、少なくともロレッタが育った水の国アクアマリンの王宮では、魔法が使えない人間が出入りしているという話は聞いたことがない。だからこそ、ロレッタは「非人」という言葉も、その存在さえも知らなかった。


 どこの国でも、王宮へ出入りするにはそれなりの地位や信頼が要る。それらを勝ち取るのは容易ではない。世間にも歓迎されないらしい人々が手にできるとは、さすがのロレッタにも思えなかった。


 リューズナードの言い分は尤もで、しかしナディヤは、今回のそれは例外に当たる可能性があるのだと言う。

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