13話

「ハッ! 管理不足の責任まで下々の人間に押し付けるのか。大層な身分だ」


「うーん、王族からの命令だし、ボクも一応貴族の生まれだし、大層な身分ではあるね。で? どこに居るの?」


「知らないと言っている」


「聞くだけ聞いておいて、それはないでしょ。居そうな場所を手当たり次第に燃やしながら捜索しても良いんだよ?」


 ナディヤが自身の右手を宙へ翳した。細長い五本の指が赤い光に包まれ、ひと際強く輝いた次の瞬間、彼女の手中に一振りの剣が出現する。炎の国ルベライトの象徴たる炎を閉じ込めたような、妖しく煌めく深紅の刃。


 不穏な空気を感じたロレッタは、息を呑んで数歩後ろへ下がった。リューズナードが愛刀の柄に手をかける。


「……殺す」


「良いねえ! リュー君がボクを斬るのと、ボクが村を焼き尽くすの、どっちが早いかなあ?」


 村を焼き尽くす。恐ろしいことを楽し気に口にするナディヤに、悪寒を覚えた。王族ではないにしろ、騎士団長という肩書を与えられるレベルの人間ならば、物理的に不可能ではないのだろう。例えリューズナードの相手をしながらであっても、敷地内の民家や草木にほんの僅かな魔力の火が着火しさえすれば、村はたちまち火の海だ。


 住人たちの避難を促しに行くか、ここでリューズナードの援護をするか。自分にできる最善の行動は何か、ロレッタは思考を巡らせる。


「ベルネット様!」


 森の中から、ナディヤを呼ぶ声がした。茂みがガサガサと音を立てて動き、装束を纏った兵士の男性が姿を現す。ナディヤを捜していたらしい。


 当の彼女は、兵士のほうを見向きもせず、堂々と舌打ちまでした。


「……何? 弱い奴が邪魔しないでくれる? 死にたいの?」


「申し訳ございません……。せ、先遣隊、別動隊、共に野営地点へ到着しました。本国への報告や、明日の進軍に備えて馬を休ませる都合もありますので、その、一度お戻りいただけないでしょうか……」


 戦々恐々とした様子で兵士が用件を告げると、ナディヤは思い切り顔を顰めた後、手元の剣を霧散させた。


「あーあ、興醒め。馬はともかく、報告ってなんなの? 碌に戦えもしないお飾りのくせに、細かいことばっかグチグチ煩いんだよ、うちの王様は。仕事はしてやるから口出しすんなっつーの。バーカ、バーカ!」


「あの……陛下に対してそのような物言いは……。王家に知れれば、ベルネット侯爵の立場もなくなるかと……」


「知らなーい。王族だの貴族だの、そういう面倒なしがらみが嫌だから、わざわざ騎士団に立候補したんだもん」


「はあ……」


「……水の国アクアマリンへ行くのか」


 未だ愛刀へ手をかけたままのリューズナードが、静かに尋ねた。途端にナディヤが目を輝かせる。


「うん、そうだよ! さっすが、元凶になった人は察しが良いね。今ねえ、なんでか知らないけど、水の国アクアマリンの兵士たちが疲弊してるんだって! お隣さんだし、遊びに行かない手はないよね。でも、どこかと戦争したわけでもないのに、なんで疲弊してるんだろう? 不思議なこともあるもんだよねえ、リュー君?」


「…………」


 ロレッタの心臓が大きく跳ねた。


炎の国ルベライトの兵士たちが、水の国アクアマリンへ……!?)


 先ほどから続く森の異変は、炎の国ルベライトの兵士たちの侵攻によるものだったのだろう。鳥や獣たちが逃げ出すほどの軍勢が、愛する祖国を目指して進軍しているらしい。


 しかも、ナディヤはその元凶がリューズナードだと言った。兵士の疲弊となんの関係があるのかと疑ったが、しかしすぐに思い当たってしまった。何せ、ロレッタ自身もその現場を目撃した当事者なのだから。


 およそ二週間前。独断で水の国アクアマリンへと戻ったロレッタを連れ戻すべく、リューズナードが王宮まで乗り込んで来た。そして、ロレッタを囲んでいた兵士たちと戦闘になり、その場に居合わせた全員に怪我をさせたのだ。現在の兵士の疲弊は、その際の名残なのだろう。


 二つの小隊と、水の国アクアマリン近衛兵団の団長が戦闘不能に陥った。たった二週間で、どれだけ回復できただろうか。軽傷の者も居たかもしれないけれど、それでは済まなかった人間も多かったように思う。その現状を、敵国から好機と判断されてしまったようだ。


「それじゃあ、ボクは忙しいから行くね。水の国アクアマリンを陥落させた帰りにまた来るよ。バイバ~イ」


 軽い調子の挨拶を残し、ナディヤは兵士と共に森の中へ消えて行った。やや遅れて、蹄が地面を蹴る音が微かに届く。近くに馬を待機させていたらしい。


 その音が聴こえなくなった頃、ロレッタの足から力が一気に抜け、ペタリと座り込んでしまった。リューズナードが隣に来て片膝を着ける。


「おい、大丈夫か?」


「は、はい……。あの、炎の国ルベライトの兵が水の国アクアマリンへ向かっている、とういうのは……」


「……本当の話だ。俺もさっき、進軍中の兵士たちを確認してきた」


「……戦争が、始まるのでしょうか?」


「そうだな」


「っ…………」


 手足がカタカタ震え出す。戦地へ向かう兵士たちを見送った経験はあれど、国土そのものが戦地と化すような戦いを見た経験はない。知識としてしか知らないそれが、現実のものになとうとしている。


 顔が青ざめ、呼吸が浅くなったロレッタの肩を、リューズナードが優しく叩いた。


「……一応、連絡したほうが良いんじゃないか?」


「連、絡……?」


「こういう事態を見越して、通信手段を持たされたんじゃないのか」


「通信…………あ……!」


 水の国アクアマリンを出る際、ロレッタは父の言い付けで無線機を渡されている。手紙のやり取りもできるようになった今、使い時がよく分からないでいたが、父が想定していた用途は、今回のような緊急時の連絡だったのかもしれない。


 無線機は自宅に置いてある。すぐ取りに行こうとしたものの、足に力が入らず立ち上がれなかった。見かねたのか、リューズナードがロレッタの体を軽々と抱えて連れて行ってくれた。

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