94話

 生家からは、見放されたつもりでいた。自分が王族を名乗ることは、もうないのだろう、と。


 しかし、この村へ来たら、自分は唯一魔法の使える人間で、余所者で。皮肉にも、生家を離れたことにより、自分は王族の血を引く魔法国家の人間なのだと自覚した。


 ロレッタには、同じ血を引く優秀な姉がいる。昔から何を取っても張り合えた試しがなく、稀に顔を出す来客たちにも嘲笑され、ひっそり生まれた劣等感が、ロレッタの小さな自尊心を折り続けていた。自分は、姉のようにはなれない。だから、なんの役にも立たない。長い時間をかけて、着実に刻まれた呪いだ。


 それを、これほどあっさりと、さも当然であるかのように、否定してくれるのか。自分と姉を切り分けて、比べることなく別の人間だと認識してくれるのか。自身の目で見たものだけで判断して、その上で、「嫌ってはいない」と言ってくれるのか。


(私を、私として、見てくれている……?)


 姉を止められなかった罪悪感が消えるわけではない。けれど、心に巣食っていたモヤのようなものが、少しだけ晴れるのを感じた。


「……本当、ですか……?」


「こんな嘘をついて何になる。……お前には、俺が嫌いな奴の為にそんな物を用意する人間に見えているのか」


 手元の花束に視線を落とす。


 リューズナードが差し出してくる物は、いつも歪で不格好な形をしている。果物も花束も、もっと上等で美しい品を、ロレッタはいくらだって目にしてきた。


 けれど、こんなに胸が締め付けられるような思いになる贈り物は、初めてだ。


「……ありがとうございます。先ほどのお言葉も、こちらのお花も、とても嬉しいです……!」


 溢れ出る感情のまま、ロレッタは心からの笑みを浮かべた。


 すると、


「……!」


 それを見たリューズナードの顔が、みるみる赤く染まっていった。


 そう言えば、避難所で寝落ちた翌日にも、彼はこんな顔をしていた気がする。あの日、右手を眺めながら歩いている様子を見たロレッタは、前日に触れた彼の右手が凍えるように冷たかったことを思い出し、まだ冷たいままなのだろうか、と不安になって衝動的に確かめに行った。不躾な行動を今は反省している。


 よほど不快だったのか、彼は手を振りほどいてその場を離れてしまった。共にその場に残されたウェルナーは「全然大丈夫、放っておいて良いよ」と笑っていたが、ロレッタはまた機嫌を損ねてしまったのか気が気ではなかった。


 今なら、真意を尋ねてみても平気だろうか。


「……あの、何か、お気に障ることを言ってしまいましたか?」


「は……?」


 緊張しながら尋ねると、リューズナードは、ふいっ、と顔を背けた。


「……いや、そういうわけじゃない、が……説明できない。………………ふわふわ? する……」


「ふわふわ……」


 大柄で、強い言葉も使う彼の口から、似つかわしくないほど愛らしい擬音が飛び出してきて驚く。最初の、子供のような謝り方と言い、食事の感想を聞いた時と言い、ごく稀に幼い表現になるのが、なんとも。


(可愛い……)


 年上の男性相手に思うべきことではないのかもしれないが、胸がきゅん、と跳ねるのを止められなかった。


 もう、彼のことを怖いだなんて思わない。強くて、真っ直ぐで、不器用で、少し可愛くて、とても素敵な人だなと思う。


 ――そして、彼がそんな人だからこそ、ロレッタはその幸せを心から願って行動することができるのだ。


「リューズナードさん、ご相談があります」


「……なんだ」


 微笑みながら、彼の瞳を見据える。


「私と、離縁致しましょう」


 リューズナードが、大きく目を見開いた。

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