第9章 交渉
95話
「……急に、なんだ」
「何も急なことはないかと思います。婚姻と契約の破棄は、リューズナードさんのご希望でもあったはずです」
王宮で無理やり吐かされていた宣誓でも、「離婚を前提に」という枕詞を付けていたし、村へ来てからも「ふざけた契約を破棄する」と憤慨していた。今回ロレッタが決意した内容は、そもそもリューズナードの望みでもあるのだ。相談すれば、もっと早くにスムーズな協力が得られていたかもしれない。
「
「はい。姉と謁見し、正式に婚姻と契約を破棄してもらえるよう交渉するつもりです」
「ただ頼むだけでは、お前の姉が納得するとは思えない。交渉が成功する算段はあるのか」
「……いいえ。現在のところは、何も。だからこそ、姉との対話を通して、私の何を支払えば交渉の材料になるのかを窺いに行きたいのです」
「その交渉が成功したとして、その後、お前はどうする気だ」
「分かりません。そのまま王宮での生活に戻ることができれば良いのですが、姉の反感を買った場合、それも叶わなくなるでしょう。私がどうなるのかは、交渉の結果次第です。……しかし、それは全て、この村とのご縁が切れた後のお話ですから。気にかけていただく必要はありません。皆様にご迷惑がかかるようなことは、ないかと思います」
「……つまり、詳細は何も考えていない、ということだな?」
「……そうなりますね」
自力で国へ戻ることと、ミランダにこちらの要求を通すことは、等しく困難な壁であると理解している。切れる手札が無い以上、真正面からぶつかるしかできない。それは、この村の住人たちを相手に、ずっとしてきたことだった。人と心を通わせる難しさと喜びを、ロレッタはここでたくさん教わってきたのだ。その経験も、きっと活きるはず。
リューズナードが、小さく息を吐いた。正直に打ち明けた今、最も協力してほしいのは彼だったのだが、あまりの無鉄砲ぶりに呆れられてしまったのかもしれない。
「それなら、別に良いんじゃないのか」
「……え?」
しかし彼は、ロレッタの全く予想していなかった言葉を紡いだ。
「俺が向こうに手出しをしなければ、向こうもこちらへ手出しはしてこないはずだろう。俺に、魔法国家を侵略する意思なんてない。関わらないでいてくれれば、もうそれで良いんだ。……それなら、今すぐ焦って行動を起こす必要はないんじゃないか?」
「…………」
咄嗟に呑み込めなかったロレッタは、瞬きを繰り返しながらリューズナードを見詰める。
まるで、契約の破棄は急務ではない、と言っているように聞こえた。村に不穏な影を落とし、彼の人生の一部を捻じ曲げた謀り事が、いつまでも残っていて良いわけがないのに。彼だって、この歪んだ繋がりの解消を、心から望んでいたはずなのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます