96話

 それに、今の言葉には矛盾がある。


「……私の存在は、魔法国家との関わりそのものです。それを望まないのであれば尚更、行動に移るべきなのではないかと」


「お前の姉の反感を買って困るのは、お前だけじゃない。この村も同じだ。村での暮らしが気に食わないのか、俺が気に食わないのかは知らないが、無策のまま下手な行動は起こすな」


「いえ、気に食わない、などと、そのようなことは思っておりません……!」


「だったら、何をそんなに焦る必要がある?」


「それは……」


 無策だからこそ、ミランダとの交渉は長期戦が想定される。いつまででも粘る覚悟はあるが、どれだけ時間がかかってしまうかは未知数だ。村とリューズナードを一刻も早く解放する為には、一分、一秒だって惜しい。


 それなのに、彼は今、下手な行動は起こすな、と言わなかったか。


(お姉様との交渉を、反対している……?)


 村への影響を危惧する気持ちは分かるが、その影響が及ぶのはあくまでもリューズナードが動いた場合の話だ。ロレッタが動くことを抑制する理由にはならない。押し付けられた厄介者が、自ら進んで「帰る」と言っているだけなのに、どうして。


 分からないなら、尋ねれば良い。彼は話せばきちんと聞いてくれるし、尋ねればしっかりと答えてくれる。そんな人だと、さっき改めて知ることができたのだから。


「……私は、この村の皆様と、リューズナードさんの――」


 ロレッタが、自分の思いの丈をぶつけようとした、その瞬間。


 ――バアン!!


「!!」


「きゃっ……!?」


 村を囲う壁の外側、しかし視認できる程度の距離にある地点。その上空に、青く輝く閃光が打ち上がった。それは、リューズナードが雷の国シトリンの兵と戦っていた際、ロレッタが見様見真似で再現したものと同じ。


 水の国アクアマリンの近衛兵団で使用されている、軍事信号の一種だった。


「あれは……どうして……!?」


「……話は後だ、中に居ろ!」


「あ、リューズナードさん!」


 呆けるロレッタを置き去りにして、リューズナードがいち早く村のほうへ駆け出して行く。あっという間に遠ざかる背中を見て我に返ったロレッタは、手にしていた花束を玄関の内側へ退避させてから、急いで後を追った。


 突然現れた強い魔力の光に怯え、混乱する人々の声と、リューズナードの「全員、建物へ避難しろ! 絶対に外へは出るな!」という叫び声が聞こえる。そうしてサイレンのように避難勧告を呼び掛けた彼は、門を開く手間も惜しかったのか、己の腕力と脚力のみで石の壁を飛び越え、光源があると思われる方向へ消えた。


 住人たちの邪魔にならないよう注意しつつ、なんとか門までたどり着く。慎重に開いたが、周囲に人の影はない。外へ出て、再び門を閉じたところで、どこからか、ガキン! と鋭い音が響いてきた。


 音の鳴るほうへ駆けてみれば、その先には一台の馬車と、コバルトブルーの装束に身を包んだ兵士へ切り掛かるリューズナードの姿があった。兵士は、襲い来る鋼の刃を、自身の魔力で生成した槍で受け止めている。

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