137話
止まない喧騒の中で、ふと誰かが言った。
「せっかくだから、もう一回プロポーズしておけば?」
リューズナードがキョトンとした様子で繰り返す。
「プロポーズ……」
「そうそう。仲直りの記念に、改めて自分の気持ち伝えておけよ。お前がちゃんと言わないから拗れたんだろ、どうせ」
「良いじゃない! 結婚しているんだし、前にも言ったことはあるんだと思うけど、素敵なことは何回あっても良いからね。ほら!」
「…………」
「え、あ、あの……」
リューズナードと目が合ってしまい、ロレッタは慌てて謝罪の言葉を探した。
今回の騒動は、ロレッタが承諾も得ず勝手に国へ戻った為に起きたものだ。むしろ、ロレッタのほうが言葉足らずを謝罪するべきだろう。これ以上、彼にばかり尽くさせるわけにはいかない。
「皆様、違うのです。リューズナードさんに非はありません。この度は、私の勝手で多大なご迷惑をおかけし、て……?」
ロレッタの必死の謝罪を、聞いているのか、いないのか。リューズナードが体ごとロレッタのほうを向いた。そして、その場でゆっくり跪く。いつか王宮で見たのと同じ光景だ。
しかし、今の彼の瞳には、あの時見えた嫌悪や憎しみは微塵も無い。例えようもない甘さだけをひたすらに閉じ込めた瞳で、うっとりとロレッタを見上げている。付き合いの長い仲間たちでさえ息を呑む色気を纏いながら、彼は口を開いた。
「お前のことを守らせてほしい。俺が、この世界で生きていく為の理由になってくれ」
ロレッタは目を丸くする。
祖国で過ごした最後の日に、彼は「殺してくれ」と言ったらしい。迫害や争いが蔓延るこの世界で、妹を見殺しにされ、自身も殺されかけ、生きる理由を見失ったのだろう。
仲間たちに居場所と役割を与えられ、それを理由にして、彼は今日まで生きてきた。この村の全てが、血肉となり、骨身となり、酸素となり、彼の心臓を揺り動かしてきたのだ。
その一部に、自分がなれるのなら。自分が隣に居ることで、彼が死を望まなくなるのなら。ロレッタはしゃがみ込み、傷だらけの手を包んだ。
「――はい。私でよろしければ、喜んで」
「お前が良いんだ、ロレッタ」
嬉しそうに笑う彼に、優しく抱き締められる。今回はきちんと力加減をしてくれているらしく、ロレッタも両腕の自由が利いたので、分厚い体を抱き返すことができた。
おめでとう! 良かったなあ……! リューがふわふわだ! などなど、周囲からも惜しみない祝福の声が届く。
「……こいつのプロポーズ、重っ……ビビるわ……。やり方知らないにも程があるだろ……」
「ううん……まあ、ロレッタちゃんが嬉しそうだから、良いんじゃないかしら……」
実質、これが初めての正式なプロポーズであることを知っているウェルナーとサラが、やや引き攣った笑顔を浮かべた。
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