第7章 王子と王女

50話

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 研究室の外、渡り廊下、階段、エントランス、そして敷地内のアプローチ。あらゆる地点で待ち構えている兵士たちを悉く蹴散らして、ロレッタたちは研究施設を脱出した。言うに及ばず、敵を蹴散らしたのは全てリューズナードであり、ロレッタは自分とフェリクス、シルヴィアを障壁で囲い、流れ弾の着弾をひたすら防いだのみである。


 必要であれば、可能な範囲で彼の援護もするつもりでいたものの、できなかった。余計な手出しなど許されない、鬼気迫る雰囲気が漂っていた。後ろで見ているだけでも伝わるほど、リューズナードが激昂していたのだ。


 敵を視認するや否や、自身の危険も顧みずに飛び掛かって行く。水の国アクアマリンで複数の兵士たちを相手取った際は、もっと敵の攻撃や陣形を見ながら冷静に戦っていたように思う。しかし、先ほどの彼からそんな様子は見受けられなかった。ただ真っ直ぐ突っ込んで、ひたすら暴れ回っていた。フェリクスとシルヴィアが、ひどく怯えた様子で彼を見ていた。


 炎の国ルベライトの王が原石の村ジェムストーンへ危害を加えるつもりでいる。そう聞いた瞬間に宿った強すぎるほどの怒りが、建物を離れた今もまだ、彼の瞳から消え去っていない。返り血を存分に浴びた愛刀を引っ提げ、荒い息を吐いている。


 ロレッタとリューズナードは今、施設襲撃前に身を潜めた物陰へ、再び戻って来ていた。研究施設の入り口では、侵入者の捜索や怪我人の搬送、被害状況の確認などで、人が目まぐるしく行き来している。


 フェリクスとシルヴィアは、先にシルヴィアの自宅へ向かわせた。研究室で話していた通り、国を脱出する準備を整えさせる為だ。


 リューズナードから「お前も一緒に行け」と言われたが、ロレッタはそれを拒否してこの場に留まっている。とても冷静とは思えない今の彼を、一人で戦地へ送り出すことなどしたくない。その一心だった。


「……リューズナードさん、少々、お気を静めてはいただけませんか?」


「俺は冷静だ。それより、お前も早くここを離れろ。さっきも言っただろう」


「大変失礼ですが、とても冷静とは思えません。お一人で王宮へ出向いたとして、一体どうなさるおつもりなのですか」


「国王の首を落とす。それだけだ」


「…………」


 一般兵が相手なら、単独の侵攻でも問題ないかもしれない。リューズナードは七年前にも似たことをやってのけた実績がある。しかし、王族が標的となれば話は別だ。聞いた限りでは、炎の国ルベライトを離れた当時も、彼は王族とは戦っていない。炎の国ルベライトの王族が戦闘に向いていないという話も何度か聞いたが、それでも勝てる保証はないのである。


(あまり、このような言い方はしたくなったのだけれど……)


 一度立ち止まってもらう為に、ロレッタは意を決して訴えた。


「……水の国アクアマリンへいらした際に、ご自分でも仰っていたではありませんか。お一人では、王族には勝てない、と」


「……!」


「それなのに、お一人で立ち向かうと主張するのは、冷静さを欠いた言動のように思います」


「……何が言いたい」


 リューズナードの不機嫌が強まった気がした。頭に血が上っていたところに、さらに自身の力不足を指摘され、怒気が増してしまったのかもしれない。


 決して責めたいわけではなく、一人で無茶をしようとするのをやめてほしいのだと伝えたくて、彼の左手を自分の両手でしっかりと握った。


「私をお使いください」


 なんだか、過去にも似たようなやり取りをしたことがあったなと思い返す。あれは確か、原石の村ジェムストーンの付近を通過しようとした雷の国シトリンの兵を、リューズナードが単独で迎撃した際の会話だったか。あの時も、今も、やはり彼の中では「誰かを頼る」という選択肢がなかなか浮上しないらしい。何度でも伝え続ける覚悟はある。


「王族に対抗するのなら、王族の力が要るはずです。私も共に戦わせてください」


「っ……俺は、お前を戦力と見込んで連れて来たわけじゃない。これ以上巻き込むのは……」


「巻き込まれてなどおりません。全て、私の意思です。私が、貴方や原石の村ジェムストーンの皆様のお役に立ちたいのです。……どうか、お傍に置いてはいただけませんか?」


 真っ直ぐ彼の瞳を見詰めて、ぎゅっ、と手に力を込める。


 リューズナードが閉口した。ロレッタを見て、しばらく口元をもごもごさせていたが、やがて大きな溜め息を吐く。


「……その言い方、やめろ。拒絶しづらい」


 そう語る彼の声音からは、先ほどまでの怒気がいくらか抜け落ちていた。普段と比べればまだ強張ってはいるものの、話が通じそうな雰囲気はある。ロレッタは静かに安堵した。


「お前、俺が相手でも遠慮なく言い返してくるようになったな」


「自分の気持ちは口に出さなければ伝わらないのだと、原石の村ジェムストーンでの生活の中で学びました。……ご不快でしたか?」


「いや、構わない。おかげで力が抜けた。……俺を守ることよりも、自分を守ることを優先してくれ。あと、危険を感じたら迷わず逃げろ。いいな?」


「はい! 共に戦い、共に帰りましょう」


「ああ」


 リューズナードの左手が、ロレッタの手を握り返してきた。信用してもらえたのだろうか。彼の体を、心を、何者からも守るのだと強く誓った。

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