44話

「……外出なさるのですか?」


「お前が倒れたと知ってから、他の奴らが代わる代わる見舞いに顔を出していたからな。目を覚ましたことを伝えて、そのまま復興作業を手伝ってくる」


 離れていく背中に一抹の淋しさを覚えてしまうのは、体調が崩れているせいだろうか。けれど、村の為に働きに行くと言う彼をこれ以上引き留めるのは、さすがに申し訳ない。元々、ロレッタが熱を出さなければ、彼がここに付いている必要だってなかったのだ。村が大変な時なのだから、一つでも男手が多いほうが住人たちも助かるに決まっている。


「承知致しました……。……あ、あの、もう一つだけ、お伺いしてもよろしいでしょうか」


「なんだ」


 これを最後と決めて、ロレッタは往生際悪く声をかけた。律儀に立ち止まってくれる背中に安心する。


「その……着ている衣服が、昨夜とは違っている気がするのですが、こちらもリューズナードさんが……?」


 記憶している限り、昨夜の自分は頭から爪先まで漏れなく水浸しだったはずだ。下着も、肌着も、外套も、無惨な姿になっていたに違いない。着替えとなると、着ていたものを下着まで丸ごと脱がせて体を拭き、また下着から着せて……といった工程が必要になる。それを全て彼が行ったのだろうか。


 一国の王女を裸に剥いて素肌に触れるなど、国内で見つかれば打ち首ものである。一応、婚姻関係は結んでいるので、合法だとは思うのだが。例え合法であっても、事実ならば羞恥心でまともに顔が見られなくなってしまう。


 リューズナードはしばらく眉間に皺を寄せて考えていたが、やがて要点を理解したらしく、狼狽えたような声を上げた。


「なっ……そんなはずがないだろ! 他の女性やつに頼んだ!」


「そ、そうですよね! 失礼致しました……」


「っ……くだらないことを気にしてないで、さっさと食って大人しく寝ていろ! いいな!」


「はい……」


 ロレッタの返事が届いたかどうかも怪しいタイミングで勢いよく玄関の扉が閉められ、彼は出て行ってしまった。力が強すぎたのか、扉が少し外れている。気に障ったのだろうか。


 ともあれ、住人たちは全員無事で、村の被害も甚大なものではなかったらしい。本当に良かった。ただ、正直なところ、水害とは縁のない国で生まれ育ったロレッタは、畑の冠水や家屋の浸水といった事象がどのくらい深刻な問題なのかが、あまりピンときていない。早く現場の対応を学びに行きたい。


 それから、こんな状況なので少々不謹慎ではあるが、リューズナードと落ち着いて話す機会ができたのも嬉しかった。怖い顔しか向けられたことがなくて、怖い人だと思っていた彼が、そうじゃない顔を自分にも見せてくれた。掃除や食事の用意も、邪魔ではないと言ってくれた。完全に信用されたと自惚れることはできないが、もしも彼の中で「大嫌い」から「嫌い」くらいになれていたなら、十分に頑張った意味があったと思える。


 もっとたくさん、話がしたい。住人たちとも、リューズナードとも。その為にも、早く体を治さなければ。


 不揃いな果実にフォークを突き立て、いそいそと口へ押し込んだ。

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