33話

「それで、お前の仲間はどこに居る?」


 昨日と比べて、だいぶ顔色が良くなったリューズナードが尋ねる。フェリクスが街の奥のほうを見ながら答えた。


「……母親の居る自宅は王都の端っこで、職場は中心街ですね」


「そうか。それなら、ひとまず王都を目指す必要があるな」


 同じく街のほうを見上げたリューズナードに倣い、ロレッタも視線を動かす。朝焼けを浴びて抒情的な雰囲気を纏う炎の国ルベライトの国境都市が、ただ静かに佇んでいた。まだ日の出から間もない時間帯なので、人の気配もほとんどない。


「はい。徒歩移動なので、ここからまた二、三日くらいかかりますかね?」


「いや、裏道も活用しながら休まず走れば、今日中には辿り着ける」


「休まず走るんですか……」


「根性でついて来い。ロレッタは俺が担いで行く」


「い、いえ! 私も地力でついて行きます!」


「……無理はするなよ」


 どの口が言うのだろう、と思わなくもなかったが、言葉にはせず飲み込んだ。故郷に帰るだけで精神が不安定になるらしいリューズナードに、身体的な負担まで強いるわけにはいかない。文字通りのお荷物になってしまう。


 差し当たっての目的地は、王都の端にあるというシルヴィアの自宅。彼女の母親へフェリクスが事情を伝え、休息をとらせてもらってから、いよいよ化学兵器テートルッツギフトを開発している研究施設の襲撃へ乗り出すのだ。


 原石の村ジェムストーンの脅威にもなり得る兵器の開発を続行不可能にした上で、施設を警備しているであろう王宮騎士団の戦力も削る。そうして水の国アクアマリンへ出撃している主力部隊を前線から撤退させた後、ロレッタたちもシルヴィアと彼女の母親を連れて炎の国ルベライトを脱出する、というのが今回の作戦の概要だった。


 上手くいくのだろうか。正直、不安が全くないわけではない。しかし、水の国アクアマリンの為にと立ち上がってくれたリューズナードの気持ちを無碍にすることなんてできない。きっと彼の中にも、故郷へ帰ることに対する不安はあって、本人もそれを自覚していたのに、それでもなお決意を曲げなかったのだ。


 大切な人も、自分の祖国も、守りたい。その為なら、いくらだって走り続けるし、戦闘にだって加わる覚悟でいる。もはや、「怖い」だなんて言っていられない。この大陸で、王族の一員として生まれた意味、その使命を果たさなければ。


 必死に緊張を押し殺す自分を、リューズナードが複雑な表情で見下ろしていたことに、ロレッタは気が付かなかった。




 かくしてロレッタたちは、まだ肌寒い朝の街を駆け抜けた。ロレッタは水の国アクアマリン以外の魔法国家へ足を踏み入れた経験がない。体力に余裕のある間だけ、周囲の建築物や街並みを見回してみる。


 水の国アクアマリンでは平らな屋根を持つ建物も多いが、炎の国ルベライトは急勾配な三角屋根の建物がほとんどだった。黄、橙、白、グレー、ライトグリーンなど、彩り豊かな外壁に尖った三角屋根が被せられ、なんともメルヘンチックな装いに仕上がっている。ただ、この屋根は積雪や水害に備えて作られた実用性重視のものなのだと、後から教えてもらった。薄い外壁に窓が多い造りも、日光を取り入れて寒さを和らげる工夫らしい。


 四階建て、五階建ての縦に長い建物も散見される。宿屋や集合住宅の類だろうか。そのうち、横にも広い立派なものは、恐らく市庁舎やギルドハウスだ。石畳の道路は水の国アクアマリンと変わらないものの、その両サイドに立ち並ぶ街並みは、だいぶ雰囲気が違っている。


 森の中から見えたのは、やはり聖堂の小尖塔ピナクルであるらしかった。他の建物とは一線を画す荘厳な外壁に、巨大なステンドグラスがはめ込まれている。国の象徴たる赤を基調として、炎を崇める人々の様子が描かれていた。上り始めた太陽の光を浴びるそれには、今にもバチバチと音を立てて燃え上がりそうな迫力がある。ロレッタは思わず息を呑んだ。


 埃っぽい路地をいくつも通り越し、三人は走り続けた。人々の往来が始まってもおかしくない時間帯に差し掛かっても、不思議と、通行人と鉢合わせることはない。最初は、立地の悪い路地や小道を選んでいるから人が通らないだけだと思っていた。しかし、よくよく考えると、少し違うのかもしれないと思い当たる。


 魔法が使えず差別の対象にされてきた彼らは、同じ境遇の仲間以外の人間に出会うと、面倒な絡み方をされるのだと言っていた。だからこそ、人と会わずに最短で街を行き来できるルートも熟知しているのではないだろうか。そうでもしないと、生きていけなかったから。想像でしかないし、わざわざ確認するような話でもないけれど、そんな想像ができてしまうこと自体が物悲しい。


 今回に限っては、魔法が使えるロレッタが一緒なので大丈夫なのではないかと思ったが、身形が街に全く溶け込めていない為、結局絡まれることにはなるのだろう。大人しく裏道を使うほうが賢明だ。

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