17話

 翌日。いつも通りサラの手伝いに勤しんでいたロレッタを、朝の日課を終えたリューズナードが呼びに来た。フェリクスの話の真偽を確かめに行く為だ。


 ロレッタが逃げも隠れもせずきちんと応対している様子を見て、駆け寄って来たネイキスとユリィが「仲良しだ!」「なかよし!」と囃し立てる。不思議そうな顔をしつつも「ん」と首肯するリューズナードに、また少し気恥ずかしい心持ちになったのだった。


 かくして二人は、フェリクスの居る避難所までやって来た。昨日のフェリクスの態度を思い出すと、心が挫けそうになってしまう。ただ、隣の彼が全く気にせずズカズカ進んで行くので、一緒に行くと言った手前、ついて行くしかなかった。


 リューズナードが声をかけてから避難所の扉を押し開けて中へ入り、ロレッタも後ろに続く。フェリクスはだいぶ顔色が回復しているように見えた。ロレッタを見た途端、表情を曇らせてしまったが。


 布団に入ったまま上体だけを起こしているフェリクスの横で、リューズナードが胡坐をかいて座り込む。ロレッタはその隣に横座りで並んだ。この村に来てから、女性の住人たちに教わった座り方である。


「……こんにちは、リューズナードさん。今日は一人じゃないんですね」


「昨日の話の続きをしに来た。知っての通り、こいつは魔法が使える。連れて行けばかなりの戦力になるぞ。話に混ぜても良いだろ」


「…………まあ、貴方がそう言うのなら」


 あからさまに不服そうな顔をするフェリクス。一方、リューズナードも腑に落ちていないような顔をしている。感情が面に出やすい彼が、心にもないことを口にしている証だ。ロレッタを戦力扱いして同行させる気など、微塵もないのだろう。


「改めて確認したいんだが、今回の話の目的地……お前の出身地はどこだ?」


「あ、水の国アクアマリンの、ブラストルです」


「……そうか」


 はっきりと、水の国アクアマリンには存在しない地名を挙げた。ロレッタに僅かな緊張が走る。少なくとも一つ、フェリクスが嘘をついているという事実が浮き彫りになったのだ。


 リューズナードがロレッタのほうを向く。昨日の件を実行してほしい、という合図だ。ロレッタは小さく頷いた。


「……あの、フェリクスさん。私からもお伺いしたいことがあるのですけれど、よろしいでしょうか? 些末な雑談なのですが」


「……なんすか」


「まず、私も貴方と同じく、水の国アクアマリンの出身なのです」


「! ……そうっすか。よく覚えてないけど、言われてみればあの時、手元が青く光ってたかもしれませんね」


「はい。その節は、ご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした。……ところで、水の国アクアマリンで生活されていたのであれば、五年ほど前に起きたクーデターのこともご存知かと思います」


「……クーデター……?」


「ええ。商人、農民、工員、職人、サービス業者など、あらゆる職業従事者の方々が、待遇の改善を求めて王宮へと押しかけた事件です。王都から国境付近の街までを巻き込んだ、大規模な反乱となりました。その際、フェリクスさんはどちらにいらっしゃいましたか?」


「え、えっと……」


 フェリクスが目を泳がせる。騙しているようで胸が痛んだが、ここで引くわけにはいかない。ロレッタは真っ直ぐ少年を見詰める。


 せめてここで、こちらの言葉を否定してくれたなら。そうしたら、まだ彼のことを信用できたかもしれないのに。


 そんな微かな願いも、叶わなかった。


「……そ、そんなの、家に籠っていたに決まってるでしょう。子供で非人の俺に、何ができるって言うんですか?」


「…………」


「そもそも大人たちの待遇なんて知ったことじゃないし、魔法を使った乱戦にでも巻き込まれたら助からないですからね。事態が収束するまで、みっともなく隠れてましたよ! 悪いですか!?」


 ともすれば、掴みかかってきそうな勢いでフェリクスが捲し立てる。ロレッタは悲哀を隠すように目を伏せた。リューズナードも察したかもしれない。


「左様ですか」


 もう一度、しっかりとフェリクスを見詰めた。


「……フェリクスさん。貴方は、水の国アクアマリンの方ではありませんね」


 フェリクスが目を丸くする。


「は……? いきなり変な話振ってきたかと思ったら、今度は何を言い出すんですか? 非人が相手だからって、適当な反応しないでくださいよ! わざわざ答えてやったのに!」


水の国アクアマリンでクーデターが起きた事実などありません。少なくとも、二十年以上前に現国王であるグレイグ・ウィレムスが即位してからは、一度も」


「え……」


 民を愛する父も、国を愛する姉も、反乱を起こされるような圧政を強くことなどしない。万が一にもそのような事実があれば、政治や俗世に疎い世間知らずのロレッタでもさすがに把握できている。自国を「平和な国」だと信じ込むこともなかっただろう。


 水の国アクアマリンで生まれ育った者ならば、ロレッタの言葉が偽りであることが、即座に分かったはずなのである。しかし、フェリクスは話を合わせてしまった。言い逃れの余地もない。


 ようやく自身の失態に気付いたらしいフェリクスが、助けを求めてリューズナードのほうを見る。が、彼も随分と険しい表情を浮かべていた。


「……どういうことか、説明しろ」


「お、同じ非人の俺よりも、魔法が使えるこの人の言うことを信じるんですか」


「ああ。俺はこいつに、嘘をつかれたことがない。出会ったばかりにも関わらず、すでにいくつも嘘を重ねているお前より、ずっと信用できる」


「っ……俺、は……」


 とうとう言葉を詰まらせたフェリクスへ、リューズナードが静かに尋ねた。


「憶測に過ぎないが、訊きたいことがある。フェリクス、お前……本当は炎の国ルベライトの出身なんじゃないか?」

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