16話
「それよりも、お前に訊きたいことがある」
「はい、なんでしょう?」
「
「ブラストル……」
俗世の事情には疎いものの、国内の地理や地名程度であれば、教養の一環として教わった。どうしてリューズナードが他国の地名に興味を持ったのは不明だが、少しでも役に立てるのならと、記憶の海を泳いで回る。
しかし、どれだけ深く潜ってみても、ロレッタはその地名に心当たりがなかった。
「……申し訳ありません。私の記憶が正しければ、そのような名前の街はなかったかと…………ああ! もしかしますと、フラスタルのことでしょうか?」
「フラスタル?」
「はい。
「……記憶違い、か。そうかもしれないな。それじゃあ、その街で人身売買が行われているという話は聞いたことがあるか?」
「じ、人身売買……!?」
信じられない言葉を投げかけられ、咄嗟に大きな声が出てしまった。はしたないと反省する余裕もない。
つまり彼は、「
「っ……断じて、ありません。
故郷と家族の名誉の為に、ロレッタは必死で訴える。彼が魔法国家に対して不信感を抱いているのは仕方のない話だが、今回のこれは、また少し毛色が違う。魔法国家という一括りではなく、
「……ありがとう、よく分かったよ」
そう言うと、リューズナードは深々と頭を下げた。
「嫌な訊き方をして、悪かった。お前の家族を貶したくて言ったわけじゃないんだ。許せないかもしれないが、本当に悪かった」
「…………いえ。私のほうこそ、取り乱してしまい申し訳ありませんでした。……ですが、それなら、どうして……」
リューズナードがゆっくり頭を上げる。ぼやけた視界であっても、彼が真剣な目をしていることだけは判別できた。
「街の名前も、人身売買の話も、フェリクスが言っていたことだ」
「フェリクスさんが……?」
「ああ。あいつの仲間が人身売買の組織に捕まっていて、助けに行きたいと言うから、目的地を訊いたら『ブラストル』と答えた。お前の話だと、そんな事実はなさそうだけどな」
「貴方に嘘をついた、ということですか?」
「そうなるな。もしかしたら、
「どうして、そのようなことを……」
「分からない。今日……は、もう疲れただろうから、明日。もう一度フェリクスと話して、確かめる。一緒に来てくれないか?」
「わ、私ですか? ……フェリクスさんは、私のことを避けていらっしゃるご様子でしたので、ついて行かないほうがお話も伺いやすいのではないかと……」
「楽しくお喋りしに行くわけじゃない。真偽を確かめられれば良いんだ。あいつに、
「……承知致しました」
人を疑うようなことは、なるべくならしたくない。しかし、これから共に暮らしていく他の住人たちの為にも、これは必要なことだ。ロレッタは自分に言い聞かせた。
振り返ってみると、今日はなんだか、感情がめまぐるしく揺れ動く一日だった。気付けばすっかり日も落ちている。
心労のせいだろうか、目を覆っていた膜から水滴が一筋、頬を伝った。するとリューズナードが、自身の右手の人差し指の背をロレッタの頬に添え、優しく水滴を拭ってくれた。
「……嫌がることはしないと言ったばかりだったのに、悪かった。まだ俺のこと、信用できるか?」
ひどく不安そうな瞳で尋ねてくる。親の姿を見失った子供のようだ。自分が彼にこんな顔をさせてしまったのかと思うと、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。精一杯の気持ちを込めて、はい、と答えた。
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