55話

「そうか。……ここから先へは、立ち入るな。森を抜けるのなら、海沿いか山の麓まで迂回しろ」


 ゆっくりと、刃の先端が上官の男へ向けられる。


「向かって来る奴は、全員殺す」


「……っ」


 男たちは、上層部から下されている命令で、この先を突っ切って森を抜けるルートの安全性を確認するはずだった。ここまで多少、悪路ではあったが、歩くにも戦うにも許容範囲の森道だと感じていた。


 しかし、このまま進めばいずれ、非人の暮らす集落を横切ることになる。その場合、その地点を通りかかる度に、目の前の剣士と白刃を交えなければならない。前線を離れたらしい剣士の腕が、それでも全く鈍ってなどいないことは、先ほどの邂逅で嫌と言うほど分かった。敵国へたどり着く前に兵が消耗、あるいは壊滅させられたのでは、たまったものではない。


 いくつか想定している開拓ルートの中でも、ここが最も危険の付き纏うものであることは、予め示唆されていた。だから、わざわざ実務経験が豊富な自分が選ばれたのだ。やはり外れくじだったな、と上官の男が悔やんでいると、新人の男が両手に魔力を滞留させているのが目に入った。


「おい、何をしているんだ! やめろ!」


「さっきは不意打ちだったから驚きましたけど、もうおくれは取りません。そいつ、非人なんでしょう? たった一人で何ができるって言うんですか」


 雷属性の黄色い魔力が、静電気を模したかのように帯電し、手の周囲でバチバチと音をかき鳴らす。完全に臨戦態勢に入っている。


 リューズナードが、静かに問うた。


「……向かって来る、ということだな?」


「ああ、そうだよ!」


 威勢よく吠えた新人の男は、両手のひらをリューズナードへ向けて突き出し、左右それぞれから雷魔法を放った。二本の雷撃が、別の角度から標的を囲い込むようにして迫って行く。


 リューズナードが、ぐるりと体の向きを変えた。新人の男を自身の正面に捉え、雷撃をギリギリまで引き付けると、当たる直前で右方向へ大きく跳ねて躱す。派手な雷鳴と共に、地面が抉れて土煙が上がった。特に気に留めることもなく、リューズナードは真っ直ぐ敵へ向かって突っ込んだ。


 魔法が使える者同士の戦闘では、相手の魔法に自身の魔法をぶつけて技を相殺することができる。物理の盾を持たない代わりに、自分の魔法で相手の魔法を打ち消すのが、一般的に「攻撃を防ぐ」と呼ばれる行為である。


 その戦法が取れないリューズナードは、だから全ての攻撃を目で見て躱す。相手の体の向き、手足の角度、目線の動き、呼吸の乱れ。あらゆる情報を視覚から読み取り、どこへ何が飛んで来るのかを瞬時に判断して、迷いなく体を跳ねさせる。


 そして、彼は後ろに下がらない。攻撃を躱す際はほぼ必ず左右か前方へ跳び、すぐに体勢を整えて臆することなく相手の懐へ飛び込んで行く。相手が距離を取るより数倍速く間合いを詰め、無駄のない俊敏な動作で一気に切り掛かるのだ。


 瞬きをして、目を開いた時には、すでに一瞬前とは別の地点へ移動している。そんな化け物じみた動きで迫り来る標的に、実戦経験の浅い新人の男の魔法は掠りもしない。

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