第7章 悪夢と熱

67話

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 雷の国シトリンの兵を追い払い、ロレッタと言葉を交わしたその後も、リューズナードはしばらく村の外を見て回っていた。他の伏兵を警戒した周辺警備という目的ももちろんあったが、どちらかと言えば、不快に乱れた自身の脈拍を落ち着ける為という意味合いのほうが大きい。


 ……呼吸が浅い、指先が冷たい、思考が乱れる。自分の中に息づいて、時折、呼び起こされるこの感覚が、ひどく不快だ。けれど、上手く飼い慣らすこともできなくて、七年前のあの日から、未だに変わらず持て余している。


 普段であれば、さすがにそろそろ床に着こうかと考えるような時間帯になっても、全くそんな心持ちになどなれず、そのまま歩き回っていたら、いつの間にか夜が明けていた。


 仕方がないのでいつも通りの日課をこなしたものの、昼を過ぎた辺りで体が疲労を訴え始めた。経験上、徹夜は駄目だ。思考力も、判断力も、反応速度も、鈍る。村に何かが起きた時、仲間たちを守りきれなくなってしまう。


 少しでもいいから休まなければと、渋々避難所へ戻った。夕刻前まで仮眠を取るだけだ、わざわざ布団を敷く必要もない。腰元から刀を外し、壁に背を預けて眠れる体勢を作る。不快な感覚は残っているが、構わず無理やり目を閉じた。疲労に引きずられるように、意識が落ちていく。ああ、でも、きっと。


 こんな日は、夢をみる。




 十代も半ばに差し掛かった頃、リューズナードは妹のエルフリーデと共に生家を追い出された。


 特に驚くことはない。むしろ、よく今まで保ったな、と感心したくらいだ。両親のストレスの捌け口として飼われていたに過ぎないが、もはや視界に入ることすら忌まわしくなったのだろう。魔法の使える自分たちから産まれた、魔法の使えない子供たちの存在が。


 体の不自由な妹を背負い、街の廃棄物を漁りながら生き延びる毎日が始まった。妹の体がどうして不自由なのか、原因は知らない。優秀な医療機関がいくらでもある国なのに、妹がそこへ連れて行ってもらえたことは一度もなかった。常に熱っぽくて、少し動くと咳をして、たまに手足が痙攣していて。この症状をなんと呼ぶのか、なんて、勉強らしいことをさせてもらった経験のないリューズナードには、分からなかったのだ。


 非人という事実を抜いても、みすぼらしい身形で街を歩いていると、知らない人間に絡まれる。恐らくは両親と同じ、自身の欲の為だけに意味もなく他者を傷付けられる人種だったのだろう。自分一人なら無視しても構わないが、動けない妹にまで手を出されるのは腹立たしくて、可能な限り反撃した。体だけは丈夫だったので、魔法に目が慣れさえすれば、立ち向かえないことはなかった。


 ……本当は、妹が人並みに健やかな生活を送れるのであれば、自分にばかりこんな丈夫な体など要らなかった。きっと自分が、妹から健康を奪い取って産まれてしまったのだと、本気でそう思っていた。だからせめて、命に代えても守りきると固く決意したのだ。

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