66話
ひたすら何かと戦い続けてきたリューズナードの人生に、心穏やかに眠れた夜は、果たしてどれだけあったのだろうか。あんな悲愴に満ちた表情を浮かべるくらいだ、きっとまだ、完全に立ち直ることはできていないのだろう。元々、脆かったわけではないけれど、一度粉々に砕けてしまった心が、未だに回復しきっていない。
彼とは真逆と言っても差し支えない人生を歩んできたロレッタに、そんな彼の心を言葉で癒やすのは、無理だと思った。何を言っても、陳腐な綺麗事や絵空事になってしまう。
だからロレッタは、彼の右手に触れた。必死に戦い続けてきた、大きくて硬い、傷だらけの手。
(冷たい……)
せめてこれ以上、一人で凍える夜が訪れないように。冷えたその手を自身の両手で包み込む。
「……私は、あなたからも、この村の皆様からも、何も奪うことなど致しません。あなたには穏やかな日常が……平和が似合います」
迫害も戦争もない世界で、幸せに生きてほしい。漠然と、そんなことを思った。
リューズナードにとっての幸せがどんな形なのかは、ロレッタには分からない。この村の恒久的な繁栄かもしれないし、祖国との和解かもしれない。分からないけれど、ただ一つ、はっきりしていることがある。
(私と……
魔法国家との強制的な繋がりを持ったままでは、彼の心が落ち着くことは、きっとない。真に彼の幸せを願うのならば、まずは自分との縁を完全に断ち切るべきなのだ。
――ミランダが突き付けたあの契約を、破棄する手段を探そう。
ロレッタは強く決意した。
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