18話

「……リュー? 来てるの?」


 外の喧騒が届いたのか、家屋の中から女性が姿を現した。右足に包帯を巻いており、そちらに体重が掛からないよう歪な歩き方をしている。


「サラ。足の具合はどうだ?」


「うん、まだ少し痛むけど、だいぶマシになったわ。そんなことよりも、うちの息子を助けてくれて、本当にありがとう……!」


 サラと呼ばれた女性が、しきりにリューズナードへ頭を下げる。ネイキスたちの母親なのだろう。そんな彼女に、リューズナードは苦々しい表情で応えた。


「……いや。ちゃんと守ってやれなくて、本当に悪かった。ネイキスにも、怖い思いをさせてしまった」


「怖く、ないもん……!」


「ないもん!」


「アンタはもう、心配ばっかりかけて……! なんで外へ行ったの! あれほど駄目だと言ったのに!」


「それは……あ、」


 ネイキスがロレッタのほうを振り向いた。ロレッタはその場でしゃがみ込み、手にしていた枝を依頼主へ差し出す。


「はい、どうぞ」


 ネイキスは「ありがと!」と礼を言って枝を受け取ると、母親の元へ駆け寄って、同じようにそれを差し出した。


「母さん、怪我してからずっと元気なかったから、元気になってほしくて、これ取りに行ったんだ」


「いったんだ!」


「……こんなものの為に、アンタは……もう……!」


 サラが泣きそうな顔でネイキスを抱きしめる。いくら好きな花とは言え、子供の安全と天秤にかける程のものではない。けれど、子供にそう思わせてしまったのは自分の落ち度。そんな葛藤で言葉が出なくなったようだ。


「……それで、これは結局、リューが取って来てくれたの?」


「……いや、俺じゃない」


「え、違うの? 村の中にはないでしょう?」


「ロレッタお姉ちゃんが取って来てくれたんだ!」


「れーたん!」


「ロレッタお姉ちゃん……?」


 聞きなれない名前に眉を顰めながら、サラが顔を上げる。顛末を見守っていたロレッタとしっかり目が合い、ロレッタは慌てて頭を下げた。


「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません! 水の国アクアマリンから参りました、ロレッタと申します。本日より、この村でお世話になる運びとなりました。不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します」


水の国アクアマリン、ですか……。ああ、でも、この村に来た、ということは、魔法が使えないんですよね?」


「……いいえ、私は魔法を使えます」


「え!?」


 サラは水の国アクアマリンの名前にも難色を示したが、ロレッタが正直に魔法のことを話すと、さらに青い顔を浮かべた。自分の子供を攫った国など信用も何もないだろうし、その国から「迫害する側の人間」がやって来たとなれば、警戒して当然だ。ネイキスを抱く腕にも力が籠っている。


「……ねえ、リュー。水の国アクアマリンで何があったの? もしかして、この子のせいで……?」


 サラが恐る恐るリューズナードに尋ねる。気が付くと、周りで各々の作業に当たっていた他の住人たちも、手を止めてこちらの様子を窺っていた。まだ説明はされていなかったらしい。あるいは、どう説明するのが正しいのか、リューズナードも迷ったのかもしれない。


「違う。……俺が悪いんだ。こいつのことは責任を持って監視しておく。何かあれば俺に言ってくれ」


「それじゃあ何も分からないわよ! お願いだから、ちゃんと事情を――」


「リュー、結婚するんだって」


 大人たちの間に流れる不穏な空気を、邪気の無い少年の声が切り裂いた。

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