55話

 情けない声でそう告げた青年に、兵士たちが呆れたような表情を向ける。その様子に漠然とした既視感を覚え、ロレッタの胸がズキリと痛んだ。


 ロレッタは、王宮に引き籠っていた頃に教養として叩き込まれた知識を引っ張り出した。隣国である炎の国ルベライトの王子の名前は、レオン・バッハシュタイン。齢は確か、ロレッタと変わらないくらいのはず。


 政治にも軍務にも関わる機会のないロレッタが教わっていたのは、その程度の情報だけだ。まさか人間を生き返らせることができて、それなのにこれほど気弱な性格の人物だとは思わなかった。地位も能力もあるのだからと、もっと自信家であったり、驕傲きょうごうであったりするような人物像を勝手に作り上げてしまっていた。彼は一体、何に怯えているのだろう。


 レオンと視線がぶつかる。彼は再びソファの陰に身を隠し、自身の右手だけを出してロレッタのほうへと向けてきた。兵士たちが一斉に数歩、後退してロレッタとの距離を空ける。やがてレオンの手が赤く輝いたかと思うと、呼応するようにロレッタの周囲も赤い光に包まれ、床から半透明の赤い壁が出現した。


 上部が尖った壁が前後左右から生えてきて、みるみるうちに四面体の形を成し、ロレッタを閉じ込める檻となる。原理的にはこれまで使ってきた障壁と同じものなのだろうけれど、この檻は内側で生じた衝撃を弾くらしい。試しに少しだけ放出してみた魔力が、檻に当たった途端にジュウ……と溶けて消滅した。


(魔力の障壁で他者を囲い、檻にする。こんなこともできるのね……)


 初めて見た魔法の使い方に、状況も忘れて感心してしまう。自分の中にはなかった発想で創られたそれを、ロレッタは目に焼き付ける。不特定多数の兵士たちへの蘇生魔法と並行し、たった一人を閉じ込める檻をも即座に生成できるレオンの魔力操作の技術は、ロレッタの遥か上を行くものだ。彼が戦闘スキルも身に付けているのだとしたら、もはや勝ち目はない。


「それでは、我々はハイジックの対処へ加勢しに行きますので、この場はお任せ致します、殿下」


「は、はい……っ」


 形ばかりの礼節を守っているに過ぎない兵士たちと、相手の反応に怯えている様子のレオン。どちらが偉いのか分かったものではない。先ほどの既視感の正体が、故郷に居た頃の自分と重なって見えるからだとロレッタは気付く。


 三名の見張りを残し、他の兵士たちが祭事の間から退出して行った。言葉の通り、リューズナードの元へ向かうのだろう。王族の力を以て拘束している捕虜よりも、未だ自陣で暴れ続ける侵入者に人員を割くのは当然の判断である。数名の兵士が加勢したところで、リューズナードが手に負えるとは思えないが。


 再び静寂が訪れる。赤い檻越しに辺りを見回すも、誰かが動き出すような気配はない。レオンは変わらず隠れているし、兵士たちも少し離れた所で退屈そうに立っているだけ。ロレッタをここに隔離した時点で、彼らの仕事は終わっているらしい。


(私は、なんの為に連れて来られたのかしら。このまま、ここに居て良いの……?)


 自分のみがこの場所へ転移させられた理由を思案するロレッタ。


 単純に考えれば、二人の侵入者を分断した上で各個撃破することが目的だと推測できる。しかし、ここの兵士たちは七年前、リューズナード一人を相手に壊滅状態まで追い込まれているのだ。孤立させるだけでは、彼は止められない。それは分かっているはずだ。


 ならば、ロレッタを人質にして交渉や脅迫へ乗り出す腹積もりなのだろうか。そちらのほうが、いくらか可能性が高い気がする。


(私個人には、なんの価値もない。けれど、私の身分や立場は、利用する価値があるわ)


 ロレッタは水の国アクアマリンの王女である。ミランダは動じないかもしれないが、家族を深く愛してくれている父は、娘を盾にされればかなり不利な立場になりそうだ。戦争している只中で、相当な弱味を握られたことになってしまう。


 それに、原石の村ジェムストーンの一員として迎えてもらえた今となっては、リューズナードにとってもロレッタは懸念材料になる。ネイキスを人質に取られ、ミランダに膝を折ったのと同じようなことが、炎の国ルベライトで再び繰り返される恐れがあるのだ。またリューズナードが一人で戦い続けなければならなくなるのかもしれない。それだけはどうしても嫌だ。


(……私は、ここで捕まっているわけにはいかない)


 なんとしてでも逃げ出して、とにかくリューズナードとの合流を目指すべきである。ロレッタは、そう結論付けた。

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