70話

「――……っ!!」


 一気に意識が覚醒して、飛び起きた。目の先には、妹が横たわる寝台……ではなく、避難所の床板が広がっている。自分も炎の国ルベライトの装束など身に纏っていない。


 また、あの日の夢をみていたのか。碌に回らない頭で、ぼんやりと状況を理解する。もう何度目になるのだろう。数えるのも馬鹿らしいほど、リューズナードはこんな目覚めを繰り返してきた。七年前から、何度も、何度も。


 忘れることはできないだろうけれど、いい加減、前を向くべきなのは分かっている。仲間たちが、茫然自失した自分を必死で繋ぎ止めようとしてくれていることも。全部、頭では分かっているのだ。しかし、どうしても、体に染みついた不快な感覚が消えてくれない。


 呼吸が浅くなっていることに気付き、わざとらしいほど大きく息を吐き出した。体が重い。疲労が全く取れていないし、窓から差し込む日差しもまだ強い。眠りに付いてから、それほど時間が経っていないのだろう。休みに来たのに、逆に疲れていたのでは、世話がない。


 今度こそしっかり仮眠を取ろうと、目を閉じた。中途半端に意識が覚醒してしまった為、寝付くのに時間がかかりそうだ。それならそれで、もういい。目を閉じて、じっとしているだけでも、いくらか休息にはなる。


 ゆっくり呼吸を整えていた時、出入り口の向こうから、誰かが階段を上って来る気配がした。やがて出入口の扉が開き、気配の主が静かに中へ歩み入る。


 わざわざ姿を確認しなくとも、足音を聞けば、その主がロレッタであるとすぐに識別できた。他の住人は、これほど淑やかには歩かない。


 どう考えても、まだ床に着くような時間ではないはずだ。何をしに来たのかは知らないが、用事があって立ち寄ったのなら、その用事が済めばすぐに出て行くだろう。体を動かすのが億劫だったリューズナードは、その場で黙ってやり過ごすことを選んだ。……それなのに。


 とてとて近付いて来たロレッタが、自分の横で座り込む気配がした。


(???)


 そして、何故か右手を握られた。


(!?!?!?)


 相手が分かっているので、迎撃態勢を取るようなことはしなかったものの、混乱はした。本当に、何をしに来たのだろう。正直なところ、今は一人で静寂に身を委ねていたい心持ちだったのだが、これはさすがに声をかけるべきなのではないか。気だるさと困惑を天秤にかけて迷っていると、ロレッタが静かに口を開いた。


「……私は、あなたからも、この村の皆様からも、何も奪うことなど致しません。あなたには穏やかな日常が……平和が似合います」


(! …………)


 話しかけられたわけではない、のだと思う。けれど、独り言のような彼女の言葉が、先日、自分が口走ってしまった言葉への返答に聞こえて、なんとも言えない心境になった。

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