130話

「私は…………お許しいただけるのであれば、村での生活を続けたいと考えています。魔法を使える私が、魔法を使えない人々の為にできることは何なのか、探していきたいのです」


 村の住人たちから教えてもらう世の中の実情は、どれも壮絶だった。華やかな世界しか知らなかったロレッタはやはり、紛うことなき世間知らずである。もっともっと、世の中を知りたい。そして住人たちの、リューズナードの役に立ちたい。それらを叶えるには、王宮に閉じ籠っているだけでは駄目なのだ。


 グレイグが、青白い顔を少しだけ綻ばせた。


「……ふむ、結構。お前の口から、自分のやりたいことが聞けるとは、嬉しい限りだ。成長したな。心行くまで、存分に見聞を広めてくるといい。……男の元に泊まる、というのは腑に落ちていないが……先ほどから見ていれば、どうやら小僧の一方的な押し付けでもないようだしな……」


「え」


「して、小僧。お前の返事を聞いていないが? 水の国アクアマリンへ危害を加えぬこと、並びに他所の国へ不用意に肩入れせぬことを、私に誓え。誓えぬなら、今後一切ロレッタとは関わらせんぞ」


「……………………分かった」


「え、え」


 これまでの行動からロレッタの気持ちを悟ったらしいグレイグと、よく分からない条件の誓いを不本意そうに承諾したリューズナードの顔を交互に見て、再びおろおろするロレッタ。何やら、男たちの間では話がまとまってしまったようだ。


「よろしい。これで納得してくれるか? ミランダよ」


「……いいえ。その男は、私と正式に交わしていた契約を、不遜にも破ったのです。信用なりませんわ」


 ミランダに非難するような目を向けられ、リューズナードがそっぽを向いた。まだミランダとは折り合いが悪いらしい。姉の怒りも尤もではあるが、恐らくリューズナード側も、ネイキスの件を許してはいない。


「ふむ、確かに。愛するミランダむすめを裏切った罰は、与えねばならんな。しかし、ロレッタがあの集落で暮らしたい、と申しておる以上、取り潰すわけにもいかぬか。…………相分かった。ならば、これでどうだ? 小僧、お前の集落に、水の国アクアマリンとの連絡手段を常設しろ」


「……連絡手段?」


「そうだな……ロレッタに通信機器を持たせるのと、文のやり取りができるよう郵便受けでも設置しておけば良い。王宮から集荷用の人員を向かわせる」


「ふざけるな! 魔法国家の人間に出入りされたら、仲間たちが怯える!」


「ふざけておるのは、どちらだ?」


 グレイグが、リューズナードへ向けて右手をかざす。標的の命を握りつぶす為の魔法を使う構えだ。


「王家の人間と交わした契約を反故にしておいて、なんの咎めもなく帰れると思うなよ」


「っ…………」


「誰も、集落の中に用意しろ、とは言っておらんだろう。敷地の外れ、お前かロレッタが管理できる場所であれば良い。不審な動きがあれば、ロレッタを通してこちらへ逐一報告させる。それで良いか、ミランダ」


「…………それでしたら……承知致しました……」


 まだどこか不服そうではあるが、ようやくミランダが引き下がった。


 直接的な関わりではないものの、村に外の国と連絡を取る手段が確保される。それは、住人たちにとっては、やはり恐ろしいことなのだろうか。ロレッタには上手く想像できない。


「娘に間者の真似事をさせる気か」


「察しの悪い男だな。こんなもの、ただの建前よ。独り立ちした娘の近況が聞きたいだけさ。……それに、ロレッタが間者に成り下がるかどうかは、お前次第だろう。不審な動きなど、しなければ良い話だ。精々、私たちを信用させてみろ」


「………………チッ。分かった」


「殺してやろうか。愛しい娘に、お前のような男を連れて来られる私の身にもなれ、まったく。ストレスで体調が悪化しそうだ、私はもう休む。迎えは出してやるから、さっさと出て行け、無礼者」


 そう吐き捨てた父は、見たことがないほど露骨に不快そうな顔をしていた。

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