129話

 眉間に深々と皺を寄せたグレイグから声がかかり、ハッと我に返る。


「真に無礼な男だな。斯様な者に、斥候部隊も、アドルフの奴も負かされたのか? 兵たちの修練も見直しが要りそうだ。……して、小僧。お前の中に、水の国アクアマリンへ侵攻する意思はあるか」


「……お前たちから干渉してこない限り、ない」


「他所の国へ与する意思は」


「ない」


「左様か。ではその言葉、私への誓いとするがいい。もし破るようなことがあれば、次は最初から私が相手をしてやろう。弱り果てたこの身では物足りぬかもしれないが、なあに、案ずるな。特別、お前を殺すことだけに、残りの心血全てを注いでくれようぞ」


 リューズナードがグレイグに勝てないだろうことは、先ほど証明されたようなものだ。そんなグレイグが、次は自身の命を懸けてでも本気で仕留めに来ると言う。そうなった場合、仮にロレッタが一緒に戦ったとしても、対抗できるか分からない。王たる素質にも様々あるが、取り分け父は武力に秀でていることを、ロレッタは知っている。


「……村は」


「ん?」


 リューズナードがグレイグを睨んだ。


「俺のことはどうでもいい。村は、どうなる」


「……ああ、ロレッタが世話になっているという集落か。あの集落が存続していようと、取り潰されようと、大陸の勢力図には欠片も影響が出ない。お前への脅迫以外に、主立った使い道はないわけだが……しかし、そのようにして交わした契約も、結局、お前は破ってここへ来たのだろう? であれば、別の脅迫が要るな」


「……?」


「あの集落のことは放っておいてやっても構わんぞ。ただし、約束一つ守れない不義理な男に、ロレッタむすめはやらん」


「!!」


「お前が私との誓いを破った暁には、ロレッタを水の国アクアマリンへ強制送還し、その後はお前とも、集落とも、一切関わらせない。乗り込んで来ても構わんが、その時は私が相手になってやる」


(え……え?)


 父による新たな脅迫に、ロレッタは目をぱちくりさせる。


 リューズナードに対する交渉材料が、村から自分へ変更されるらしい。そんなもの、脅しになるのだろうか。彼は仲間たちを何よりも大切にしているのだから、その仲間たちに危害が及ぶ可能性がなくなる以上、従う理由もないのではないか。自分に彼の行動を抑制できる価値などあるのか。いやでも、彼は村の危険を承知で今ここに居るわけで……もうよく分からない。


 それに、「強制送還」ということは。


「あ、あの……お父様。私は今後も、村で生活して良いのでしょうか……?」


 そもそも、ロレッタがあの村で暮らすことになったのは、それが契約の一部に組み込まれていた為だ。その契約が上書きされるのであれば、村に居る必要性もなくなる。ロレッタ自身は帰りたいけれど。


「もちろん、王宮が良ければこちらへ戻って来るでも一向に構わんさ。斯様な男など、路傍にでも捨て置け。無理に軍務へ参加する必要もない。……お前はどうしたいのだ? ロレッタ」

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