第1章 来訪者

1話

 どこの国の領土にも属さない、森や川に囲まれた辺境の地。そこに、とある事情により周辺の大国では暮らせなくなった人々が集まって暮らす小さな集落、もとい村があった。


 周辺の大国は、「魔法国家」と呼ばれることが多い。それぞれの国を、強力な魔法を操る王族が統べている為である。水属性の魔法を得意とする王族が統べる水の国アクアマリン、同じく炎属性の炎の国ルベライト、雷属性の雷の国シトリン、風属性の風の国アクロアイト、土属性の土の国アンバー。この五つの魔法国家が、長年に渡り領土の奪い合いを主とする戦争を繰り返してきた。大陸内では今現在も国家間での睨み合いが続いている。


 そんな折、魔法国家の諍いに関わる意思のない村の住人が二人、森の中で静かに対峙していた。


「準備ができました。それでは、よろしくお願い致します」


 そう言って、不格好な水の槍を構えるロレッタ。水の国アクアマリンの第二王女であるロレッタは、当然ながら水属性の魔法が使える。この大陸の人間のほとんどは生まれつき体内に魔力を生成・制御する器官を有しており、自身の魔力を礎とした大なり小なりの魔法が使えるが、王族の血を引くロレッタは取り分け膨大な魔力を操り、圧倒的な強さの魔法を放つことができた。


 と言っても、最近まで魔法や戦闘の訓練などとは無縁の生活を送っていた箱入りの王女なので、現状、実戦ではほぼ役に立てない。魔力を圧縮して創造した槍は、ひどく歪で頼りない形をしている。構える姿勢もお粗末な及び腰だ。


「……やめておけ。お前の腕力では、恐らく槍は使いこなせない。人体を刺し貫くには、かなり力が要るぞ」


 ロレッタの正面で、リューズナード・ハイジックがため息を吐く。


 彼は昔、炎の国ルベライトの兵士として数多の戦場に出ていた。戦果も凄まじいものだったと聞いている。現在は祖国を捨てて件の村で生活しており、腰元に差した刀は村の仲間たちを守る為だけに振るわれる代物となっていた。


 だいぶ気を遣った言い方をしてくれているが、ロレッタの戦闘態勢は、歴戦の剣士が呆れてしまうほどの醜態だったらしい。姿勢を戻し、手元の槍を見詰める。


「そうなのですか。水の国アクアマリンでは槍を使う兵士が多いので、見覚えがある分、参考にもしやすいかと思ったのですが……」


「お前の姉は薙刀を使っていたはずだろう。薙刀は形状こそ槍に近いが、本質は切り付ける武器だ。刺すよりは力が要らない。長尺の得物が良いのなら、そっちにしておけ」


「お恥ずかしながら、あまりじっくりと薙刀を見たことがないので、形を上手くイメージできないのです。どうしたら、私でも戦闘でお役に立てるようになるでしょうか……」


「……だから、戦わなくて良いと言っている。それは俺の役目だ」


「駄目です! 戦えるのがリューズナードさん御一人だけでは、大きな負担をかけることになってしまいます。私は、貴方が心配なのです」


「…………」


 リューズナードが、なんとも言えない表情で押し黙る。


 件の村の住人たちは皆、生まれつき魔法が使えない。魔力を生成・制御する為の器官が、先天的に与えられなかったのだそうだ。


 五つの魔法国家は、どこも国民が魔力を操れることを前提とした発展を遂げてきた。機械、乗り物、住宅設備など、多くの道具が魔力を動力源に作動している。自身の体内から直接供給するタイプの道具もあれば、一定量の魔力を封じた特殊なバッテリーを搭載しているタイプの道具もある。それらを使いこなし、人並みの生活を送るには、魔力操作の技術が必須だ。


 また、この大陸では古くから、戦闘技術としても魔法が活用されてきた。剣や盾といった装備を携帯する兵士は、今やほとんどいない。魔法の熟練度を上げることで、近距離から遠距離まで幅広い戦闘スタイルに対応させることができる為だ。この分野においても、魔力操作の技術は不可欠である。


 そんな考えが主流となった世界で、魔力を操る術を与えられなかった者たちは、一体どのような扱いを受けるのか? これもまた、王族たるロレッタが最近まで知り得なかったことだが、生まれつき魔法の使えない人々は非人と呼ばれ、差別や迫害の標的にされてしまうそうだ。曰く、普通の人間ならばできて当然のことができない、人間になりそこねた存在だ、と。


 戦闘にも活用できるような力を振りかざされれば、それを使えない者たちに抵抗できる手段は無い。生まれてから死ぬまで、一方的に謂れのない迫害を受け続けることになるだろう。最悪の未来を回避する為、祖国から逃げ延びて来た人々が、自分たちの安寧を求めて築いたのが、件の村なのである。


 基本的に、魔法を使えない人々は戦えない。しかし、大抵の物事には例外というものがある。この大陸での戦闘において、それに該当するのがリューズナードだ。


 彼も魔法は使えず、迫害の対象にされていたものの、幼い頃から仲間や今は亡き妹を守る為にと抗い続けた結果、尋常とは呼べない戦闘能力が身に付いてしまったらしい。桁外れの魔法を操る王族にはさすがに勝てないそうだが、並の兵士が相手であれば多対一でもおくれは取らない。大陸広しと言えども、そんな芸当ができるのは彼一人なのではないだろうか。


 たった一人で国家の戦力に風穴を空ける、とまで言われるリューズナードは、魔法国家からも警戒されている。自国の戦力として懐柔しようという動きもあるようだが、本人が承諾するはずもない。彼は魔法も、魔法国家も、心の底から毛嫌いしているのだ。


 ただ、国家に加担する意思はなくとも、仲間を守る為ならば、彼は平気で無茶をする。有事の際は、自身の安全など歯牙にも掛けず真っ先に飛び出して行く。口で止めても聞き入れてくれないリューズナードが心配で、少しでも力になりたいと考えたロレッタは、彼に戦闘指南を頼んでいたのだった。


 渋々時間を取ってはくれたけれど、どう見ても彼は乗り気ではない。他の何よりも仲間を大切に想っているリューズナードにとって、仲間を守る戦力が増えるのは、むしろ喜ばしいことではないのだろうか。真剣な眼差しを向ければ、また一つ、彼が溜め息を吐いた。

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