115話
再び、鋭い槍が顔目掛けて突き出される。迷わず首を右側へ傾けて躱した。即座に引いて二撃目が来るものかと備えたが、槍はリューズナードの左肩を見下ろす位置でピタリと静止する。
次の瞬間、槍の穂先から柄の中央部分までが、強く光り輝いた。
「!」
リューズナードは躊躇うことなく後方へ跳んだ。直後、振り下ろされた槍から初撃とは比べ物にならないほど大きな斬撃が放たれ、真下の床を広範囲に渡って粉々に砕いた。体勢を立て直すべく、更に二、三歩飛び退いて距離を取る。
「チッ、反応速度まで化け物か」
「……人間にしては、マシな動きができるな」
左肩にジクリと痛みが走り、ドロリと血の伝う感覚がした。先の斬撃と同じ有効射程であれば、躱しきれていたはず。しかし、今のは明らかに射程が広がっていた。斬撃の威力が一定だと刷り込む為に、この奇襲を仕掛ける為に、わざわざ何発も見せつけてきたのだろう。対人戦闘で傷を負わされるなど、いつ振りだろうか。
(面倒だな……)
正直、ここでの戦いにあまり時間をかけたくはない。村が心配だから一刻も早く戻りたかったし、これ以上血を流してロレッタを怯えさせたくもなかった。
自分の身に傷が増えること自体は、特にどうとも思わないが、傷だらけの体を見た彼女がまた自分を怖がるようになってしまうのなら、それは嫌だ。恐る恐る声をかけられるのも、機嫌を窺うように謝られるのも、何も話してくれなくなるのも、綺麗な笑顔を見せてくれなくなるのも。全部、全部、リューズナードは嫌なのだ。
嫌だ、嫌だ、と子供のように駄々をこねる自分を彼女が知ったら、果たしてどう思うのだろう。呆れられてしまうのだろうか。それも嫌だったけれど、怖がられるよりは、ずっと良い。
明確に左肩を狙って飛んで来るようになった斬撃を躱し、間合いを詰めていく。このままでは先ほどの一連を繰り返すことになりそうだが、さて、どうしたものか。
見たところ、アドルフは武芸に精通した者の動きをしていた。槍術としての基本の型や動作をその身に深く刻み、まるで発砲された弾丸のような威力の突きを自在に繰り出してくる。刀と槍のリーチの違いも熟知しているらしく、対剣術用の体裁きでこちらの攻撃にも卒なく対応されていた。その上で魔法まで組み込んでくるのだから、もはやどの間合いでも死角がほとんどない。
ただ、リューズナードは行儀の良い剣術など学んだ覚えはない。その身に刻まれた戦法は全て、足掻きながら生きる中で自然と身に付いてしまった、完全な我流だ。
対剣術用の稽古ではお目に掛かれない、野蛮な非人の戦い方を見せてやろうじゃないか。
あと数メートルで互いの得物が届く距離まで接近したリューズナードは、アドルフが斬撃から槍術へと動作を切り替えるタイミングで、握り締めていた愛刀を上空へ高く、高く、放り投げた。
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