35話
フェリクスによると、シルヴィアの母親は、
シルヴィアの母親には、フェリクスたちが企てていた復讐や、今回の研究施設への襲撃については話していないらしい。確実に反対されるし、多大な心労もかけてしまうからだとフェリクスは言うが、何も聞かされないのだって、それはそれで不安なのではないかとロレッタは思う。リューズナードが結婚に至るまでの経緯をサラへ説明しようとしなかったのと、似たような感覚なのだろうか。あまり共感できそうになかった。
タオルと空になったカップを返却したロレッタたちは、再び石畳の上を駆け出した。目指すは王都の中心街。王宮からもそれほど離れていない地点に構えられた、医療科学研究開発機構の本部である。
体感で一、二時間ほど走ったところで、目的の施設が見えた。王宮には及ばないものの、ここに来るまでに見たどの施設よりも広大な敷地面積が確保され、その中にいくつかの棟が連なり
敷地の入り口には、二名の警備が配置されている。赤い装束を纏っていないので、騎士団ではなく民間警備を担う衛兵だろうとのことだ。何か大きな問題が起きた場合を想定し、騎士団へ通報する手段は持っているはずなので、まずはあの衛兵たちを相手に騒ぎを起こす段取りとなった。
物陰に身を
「お前、この施設の構造や仲間の居場所は知っているのか?」
「いえ、俺が中に入る必要はなかったので、全然知らないです。初めて来ました」
「そうか。それなら、関係者に情報を吐かせるのが早いな。衛兵は口を割らないだろうから、施設に出入りしている研究者を脅すか」
「怖……」
「手段を選んでいる余裕はない。……ロレッタ」
「は、はい! なんでしょう!?」
大袈裟に肩を跳ねさせたロレッタを見て、リューズナードが心配そうな顔をする。
「本当に平気か? ここで待っていても良いんだぞ」
「い、いえ、問題ありません!」
「……そうか。ひとまず、信じるぞ。それで、お前は確か、魔法で障壁を張るようなことができたと思うんだが、間違いないか?」
「障壁……はい。近いことはできるかと思います」
恐らく、
まだまだ練度が足りず、障壁と呼ぶにはお粗末な出来だったものの、魔力量だけは桁外れなので、並の攻撃ならば問題なく防げるはずである。
「分かった。じゃあ、戦闘になったらすぐに障壁を張って、自分とフェリクスを守っていてくれ。敵は俺が倒す」
「承知致しました。……あの、お邪魔になってはいけないので、なるべく不要な手出しはしないよう心掛けますが……本当に危険な時には、貴方の背中も守らせてください」
「! ……ああ、頼んだ」
「はい」
命を奪う為ではなく、守る為であれば、膨大な魔力を振りかざすことにも強い抵抗は感じない。自分にできる精一杯の戦いをしようと心に誓う。
「準備は良いな? ……行くぞ!」
先陣を切り、リューズナードが物陰から飛び出した。単身、真っ直ぐ敷地の入り口へと走って行く。
二人の衛兵が道を遮るように立ち塞がった。やがてリューズナードに止まる気配がないことを察すると、衛兵たちはそれぞれ魔法を使う構えをとる。炎属性の魔力を帯びて、手元が赤く輝き出した。隣で怯えた声を上げたフェリクスに、ロレッタは「大丈夫ですよ」と優しく声をかける。
向かって右側の衛兵が、炎を圧縮した火炎弾を数発、リューズナードの足元へ撃ち込んだ。ひとまず進攻を食い止めようとしたのだろうけれど、そんなものでは彼は止まらない。順に襲い来るそれらを冷静に、確実に、一発ずつ躱し、尚も自身の勢いを殺すことなく前へと突き進む。
すかさず左側の衛兵が動いた。赤く輝く自身の手元から直接炎を放射し、標的の胴体を焼き尽くさんとしている。標的たるリューズナードは、しかしそれでも立ち止まることを選ばなかった。即座に重心を下げて炎を躱すと、そのまま潜り抜けるようにして衛兵たちの元へ迫って行く。
次の瞬間、炎が途切れて霧散し、放射していたはずの衛兵が敷地のほうへ吹っ飛ばされていった。直前まで炎が壁となっていてロレッタたちからは見えなかったが、察するにリューズナードが衛兵の顔だか体だかを思いきり殴ったのだろう。アプローチに転がった衛兵は、気絶したのか立ち上がる気配がない。
流れるように体の向きを変えたリューズナードが、残った衛兵の顔面に裏拳を叩き込み、倒れる前に胸倉を掴んだ。腕を高く上げ、敵の体を完全に宙へ浮かせる。衛兵は最初こそ手足をばたつかせながら藻掻いていたものの、やがて息苦しさからか抵抗する気力を失くしていったようだった。
「ぐっ……ゲホッ! な、なんなんだ、お前……騎士団を呼ぶぞ……!」
「好きなだけ呼べ」
淡々と吐き捨てると、リューズナードは持ち上げていた衛兵の体を、敷地の内側へ投げ付けた。整備の行き届いたアプローチにまた一人、成人男性が転がされる。二人目の衛兵はなんとか意識を保っていたらしく、懐から無線機を取り出していた。本当に騎士団へ通報を入れるようだ。こちらの計画の第一段階は突破できたと言って良い。
リューズナードが、ロレッタたちのほうを向いて小さく頷く。彼の戦いぶりに茫然としているフェリクスの背を押しながら、ロレッタもいよいよ敵地へと乗り出した。
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