52話

 以前、ロレッタは避難所にたどり着く前に川へと駆け出し、その後倒れてリューズナードの自宅へと送還されているので、避難所を利用した経験がない。壁で囲われた村の敷地の端に設置されたそこへ、この日初めてやって来た。


 石垣の土台で推定二メートル程度の高さを確保し、その上に広めの建物が建設されている。すぐ隣には、食料や資材の備蓄庫も併設されていた。高台と呼ぶには些か心許ない気もするが、そもそも周囲が森であり、洪水被害が起こりにくい立地にあるので、この程度でも十分に身を守れるらしい。それなりの深さがある外の川を氾濫させるほどの嵐が発生すること自体が、相当なレアケースだったのだ。


 石の階段を上って扉を開くと、中には住人全員がギリギリ雑魚寝できそうなスペースに、寝具、暖炉、かまど、流し台などが並べられていた。有事の際、一時的に利用される避難所なのだから、最低限の生活ができる程度の物資しか用意されていないはずだ。しかし、その広さや整備の行き届いた設備たちを見て、リューズナードの自宅よりも豊かな暮らしができるのではないか、などと失礼なことを考えてしまうロレッタである。


 よく見れば、室内の隅のほうにロレッタが使用している衣装箱と、リューズナードが私物を押し込んでいる水瓶が置いてあった。家屋を改築する前に移動させてくれたのだろう。二人分の荷物がこれだけで済む、というのも、いかがなものなのか。改めて、よく生活できていたな、と妙な感心を覚えた。


 暖炉に火を灯して光源を作り、揺らめく光を頼りに寝具を広げる。リューズナードの分も用意しようかと考えたものの、二人で使うにはさすがに広すぎるこの空間で、二組の布団をどう並べれば良いのか迷った為、やめておいた。


 普段は囲炉裏を挟んで対岸にそれぞれ寝ているが、ここでは余計な障害物が無いので、極端に距離を取ることも、ぴったりと寄り添うこともできてしまう。彼が不快に思わない適切な距離感を見極められる自信がないロレッタは、潔く本人の采配に任せようと決めたのだった。


 火を消して、いそいそと布団へ潜り込む。そっと瞼を落とせば、微かな木々の騒めきや、虫の鳴く声が、いやにしっかりと聴こえてきた。村境に位置する場所だからだろうか。外の自然が織り成す環境音がつぶさに届いて、なんだか不思議な心地がする。


 再現性のない背景音楽を子守歌に、ロレッタはゆっくり意識を手放した。

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