83話

 穀物と具材を適当なバランスでスプーンに乗せて、大きな口でカブリと噛み付く。そしてゆっくり味わうように何度も咀嚼し、最後に喉仏を上下させて消化管へと流し込んだ。


 自分一人で作った料理を目の前で食べてもらうのは、これが初めてである。囲炉裏を挟んだ対岸でその食事風景を見ていたロレッタは、緊張しながら感想を尋ねた。


「お味はいかがでしょうか?」


「…………うん、美味い」


 普段の荒さが取れた、どこか幼ささえ感じるような声が返ってくる。向けられたことのない声音に驚いて声が出そうになったが、食事の邪魔はできないので必死に呑み込んだ。


 リューズナードは笑っているわけではないものの、ロレッタと一緒に居る時にしては珍しく、ずいぶん穏やかな表情を浮かべているように見える。よほど機嫌が良いのだろうか。


(もう少しだけなら、お話しても大丈夫かしら……)


 ロレッタが倒れた日以来、リューズナードと落ち着いて話す時間はほとんど取れていなかった。今の、どことなく機嫌の良さそうな状態の彼であれば、少しの雑談くらいなら興じてくれるかもしれない。


「あの……リューズナードさんは、お食事で好きな物や、苦手な物はありますか? 食材でも味付けでも、構わないのですけれど」


「……特にない。なんでも食える」


「左様ですか。……この村で振舞っていただくお食事は、王宮では口にすることなかったものばかりです。素朴で、優しくて、温かくて、今ではとても好きになりました」


「そうか。……俺も、ここでの食事は好きだ」


「! はい。私も、もっとたくさん、いろんなお料理を作れるようになりたいです。他の皆様の腕には遠く及びませんが、また召し上がっていただけますか?」


「ああ」


 食事の合間に、ぽつりぽつりと返ってくる相槌が、静かで、穏やかで、嬉しくなる。ロレッタが食事を用意した時、彼はいつもこれほど長閑な様子で食べてくれていたのだろうか。想像すると、なんだか胸の奥がきゅう……と締め付けられるような心地がした。


 水の国アクアマリンへ帰ったら、こんな時間はもう過ごせなくなる。王宮では、ロレッタはそもそも料理をする必要がないし、作ったとしても振舞う相手がいない。


 自分は元々、この村の人間ではないのだから、婚姻や契約を破棄した後は、そのまま祖国での生活に戻ることになるのだろう。もしかすると、ミランダの反感を買ったことで、王宮からは追い出されるかもしれない。そうしたら、本格的に帰る場所がなくなってしまう。


 一人になるのは、怖い。けれど、この村の人々や、リューズナードを巻き込むよりは、遥かに良いと思える。この穏やかな時間を脅かすような真似を、これ以上、していたくなかった。

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