107話
日を追うごとに装束がボロボロになり、生傷も増えていく。修練相手になっている兵士たちもアドルフも、加減はしているのだろうけれど、ロレッタの細くて小さな体には十分過ぎるほど過酷だった。畑で転んで擦り剥くのとはわけが違う。
以前、一人で戦っていたリューズナードに対して「自分が盾になる」と言ったことがあったが、あれがどれだけ軽率で大それた言い分であったのか、ようやく理解できてきた。あの時は彼の様子がおかしくなった為に有耶無耶になったが、正気であっても信用などしてもらえなかったのだろうな、と今さら反省する。
疲労と激痛を纏って自室へ戻れば、壁に掛けられた質素な衣服が目に入る。ジーナが仕立ててくれた、住人たちと揃いの作業服だ。余計な装飾が付いていない、田舎暮らしに特化した軽装。ふらふら覚束ない足取りで近付き、ぎゅっ、とそれを抱き締めた。
――また、優しい味わいの料理が食べたい。日が暮れるまで子供たちと遊びたい。明るく気さくな皆の笑い声が聞きたい。リューズナードと会って話がしたい。
(駄目……戻りたい、なんて思っては、駄目……っ。私があの村に居て良い理由など、無いのだから……)
魔法の使える人間で、しかも魔法国家を統べる王族。そんな自分が、魔法を恐れるあの村の人々と、接点を持っていて良いはずがない。あの村を、「帰る場所」だと錯覚してはいけないのだ。滲む涙を懸命に堪えた。
自分の居場所は、一体どこなのだろう。
「おはようございます、ロレッタ様。本日の修練を始める前に、ご報告させていただきたいことがございます。近日中に、ロレッタ様の初陣が決まるやも知れません」
「……初陣……?」
修練場へ着くなり告げられた言葉に、目を丸くする。
ロレッタは、緊迫状態にある三国間での戦争に備えて呼び寄せられた。その初陣、ということは。
「戦争が始まった、ということですか……!?」
「いいえ。南方の三国間では、未だ冷戦が続いております。今回の相手は、そちらではなく
「
「このところ、
「……そう、ですか」
調査が主の任務とは言え、敵兵と出くわせば当然、交戦になる。わざわざ「初陣」だなんて言い方をするくらいなのだから、そうなる確率も決して低くはないのだろう。
仮にも王女殿下であるロレッタを、敵地に向かう斥候部隊へ勝手に組み込むことなど、兵士の身分ではできない。恐らくミランダの指示だ。本当に戦う覚悟があるのかどうか、試そうとしているのだ。
実践となれば、敵は全員、こちらを殺しにかかって来る。考えるだけで眩暈がするようだった。命までは奪われないと分かっている修練でさえ、未だに怖くて堪らないのに。
「もちろん、貴女様の御身は我々がお守り致しますが、戦地へ赴く以上、自衛する手段も備えていていただきたく存じます。その為にも、修練を重ねて参りましょう」
「……はい、よろしくお願い致します」
血の気が引いて、両手の指先から熱が失われた。
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