106話
ほぼ毎日鉄製の農具を扱っていたから、筋力は多少ついたつもりでいた。しかし、戦闘で必要とされる動作は、農作業で使うそれとは全くの別物だ。意識して使ったことのなかった筋肉や神経が、突然の指令に悲鳴を上げていた。筋繊維が容赦なく引きちぎれていく音がする。
そして、やはり体力面でも及第点には遠く及ばなかった。息を切らし、思わず足を止めれば、たった一言、「死にたいのですか?」とだけ告げられる。よろけて修練場の床に這いつくばったロレッタを見下ろす男たちは、全員が家臣ではなく戦士の目をしていた。当然、攻撃も止まらなかった。
食事は必ず摂るように、と釘を刺されたものの、とてもそんな気にはなれない。部屋に運ばれてきた豪勢な食事をどうにか胃へ流し込もうと試みるも、三口目を押し込んだ辺りで内蔵が強い拒絶反応を示し、全て吐き戻してしまった。使用人に介抱されて水を飲み、少し休むつもりでベッドに横になると、ロレッタはそのまま気絶するように意識を飛ばした。
「おはようございます、ロレッタ様。本日も始めて参りましょう。ご準備のほうは、よろしいですか?」
「……はい、よろしくお願い致します」
手足を微かに震わせ、血の気の引いた顔色で返事をするロレッタに、兵士たちは構わず攻撃の姿勢を取って見せる。
離れた場所に居る兵士たちは、互いに魔法を撃ち合って激しい修練に励んでいた。荒い呼吸を整えている者も、怪我の手当てをしている者も居る。
アドルフの課す試練が特別、常軌を逸しているわけではない。ついていけない自分が貧弱なのだ。ロレッタは必死に自身へ言い聞かせた。
明くる日も、明くる日も、ロレッタは修練に取り組んだ。
途中から混ざるようになった魔法の特訓に関しては、持って生まれた魔力の総量が桁外れなので、さすがにアドルフも感心していた。繊細なコントロールなど要らない。魔力の塊を放つだけで、攻撃も防御も、並の人間では太刀打ちできない威力になる。
だからこそ、余計に身体能力の不足が浮き彫りになっていった。ミランダの言う通り、放った魔法を掻い潜って直接攻撃を仕掛けられた場合、ロレッタはほぼ無抵抗のまま地に伏せることになるだろう。人海戦術で囲まれでもしたら一溜りもないし、たった一人でそれができてしまう剣士だってこの大陸には居るのだ。強さを求めるならば、身体能力の向上は避けて通れない。
ロレッタは、何も本当にリューズナードを殺す手段が欲しくて修練に取り組んでいるわけではない。ただ、それを実行できる程度の力を身に付けた、ということをミランダに認めさせる必要があるのだ。
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