4話

 その日も、例に漏れずロレッタは農作業の手伝いをしていた。


 照りつける日差しが、ロレッタの肌をじんわり焼いていく。ちょうど、一日のうちで最も気温が上がる時間帯に差し掛かった頃合いだろうか。額から首筋へ伝う汗を、服の裾で雑に拭った。今日も気持ちの良い快晴だ。


 顔を上げて一息つくと、視界の端に、リューズナードが村で暮らす子供たちと一緒に遊んでいる姿が映った。村の為に働かなければならない日中に、元気の有り余った子供たちの面倒をみていてくれるのは、保護者にとってはありがたいことなのだろう。彼であれば、力も体力も申し分ない。


 ただ、今でこそ問題なく託児所のような役割を果たせているが、最初はそうではなかったらしい。


 数年前。子供たちから「高い高い」をせがまれたものの、その遊びを知らなかった彼は、己の腕力に任せて子供の一人を空中へ高く放り投げ、落下してきたところをキャッチするという暴挙に出た。子供たちは大喜びしていたが、周りで見ていた保護者たちから「危ないことをするな」と烈火の如く叱られ、そのまま小一時間ほど説教が続いたそうだ。そんな話を当事者たちから聞いた。


 その頃の教訓が活きているのか、現在、リューズナードはものすごく丁寧に子供を抱き上げている。そもそも身長が高いので、両手で持ち上げてやるだけでもそれなりの高さになるのだ。「リューの高い高いは、本当に高い!」と子供たちからも好評のようである。


 日々の様子を見るに、恐らく彼は子供が好きなのだろうと思う。はしゃぐ子供たちへ向ける視線が、いつも優しく温かい。もちろん今も。


 微笑ましい光景を眺め、無意識にロレッタの頬が緩む。心なしか、体の疲労も和らいだ気がする。今日の作業が終わるまで、もうひと踏ん張り。


 よし! と気合を入れ直した、その時だった。


 ――ドン。……ドン、ドンッ。


 不規則に、弱々しく、何かを叩いているような音が聴こえてきた。出処でどころを探してみれば、それはどうやら村の通用口から鳴り響いているようだった。


 原石の村ジェムストーンは、敷地全体が背の低い石の壁で覆われている。外からの侵入者を拒む目的で作られたものだ。実際のところ、ドームのように天井までを完璧に包んでいるわけではないので、攻撃を仕掛けることは容易いのかもしれない。しかしそんなことをすれば、大陸でも有数の戦闘能力を誇る剣士が即座に襲い掛かって来る。例え魔法が使えても、並の人間では太刀打ちできない。


 そして、警告用のバリケードとも言える壁には、一ヶ所だけ住人用の通用口が設けられている。資材や食料の調達を助ける為に設置されているわけだが、その木材の扉が今、外側から無遠慮に叩かれているのだった。


 同じ音を聴いた住人たちの間に、緊張が走る。リューズナードが何かを伝えると、小さく頷いた子供たちが、一斉に近くの民家へ駆け出した。避難しているよう指示したのだろう。


 子供たちの避難をしっかりと見届けてから、リューズナードは一人、通用口へと向かって行った。扉の先に居るのが魔法国家の人間で、何かしらの理由で襲撃に来ていた場合、対処できるのは彼一人だけだ。他の住人たちに、魔法に抗う力はない。


 もっとも、本当に襲撃に来たのだとしたら、わざわざ入口をノックする必要などないはずである。扉も壁も、大きな魔法で吹き飛ばしてしまったほうが明らかに早い。目的が読めないのが、なおさら不気味だった。


 やがて通用口へとたどり着いたリューズナードが、慎重な様子で扉を開いた。すると、扉の正面に立っていた彼に向かって、一人の人間がフラリと倒れ込んだのが見えた。咄嗟に受け止めた彼の腕に凭れ掛かり、来訪者はただ、ぐったりしている。


 様子を窺っていた他の住人たちと一緒に、ロレッタも現場へ駆け寄った。


「リュー! どうしたんだ?」


「分からない。いきなり倒れ込んできた。……汗が凄いし、体温も高い。この熱さで気がやられたんじゃないか?」


 確かに今日は、雲一つない快晴だ。直射日光も地面からの照り返しも馬鹿にできない。どこから来たのか分からないが、この炎天下で森を彷徨っていたのなら、熱にてられても仕方がないだろう。


「村の中で休ませる?」


「……いや、こいつが魔法を使える人間だった場合、どんな行動に出るか分からない。ひとまず、外の日陰で休ませる。悪いが、水とタオルだけ持って来てくれないか」


「分かった」


 住人の一人にそう頼むと、リューズナードは来訪者を連れて外へ出て行った。


 何もできずに一連のやり取りを傍観していたロレッタだったが、住人が水とタオルを持って来たのを見て、自分に持って行かせてほしいと願い出た。


「え、でも……」


「私も、自分の身は自分で守れます。外では何が起きるか分かりませんから」


 実際に、村の付近を魔法国家の兵士が探索していたこともあったし、子供が誘拐された事例だってあった。原石の村ジェムストーンの住人にとって、村の外は魔窟だ。出会う人間はほぼ確実に敵なのだから。


 少しでも役に立ちたいと願うロレッタの気持ちを汲んでくれたのか、住人はタオルと水の入ったカップを手渡してくれた。ロレッタは深々と頭を下げてそれらを受け取り、急いでリューズナードの後を追った。

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