19話

 リューズナードの妹エルフリーデは、魔法が使えない上に生まれ付き体が弱かった。そして当時、炎の国ルベライトで蔓延した伝染病に感染してしまい、みるみる病状が悪化。非人だから、という理由で治療を受けることも許されず、そのまま息を引き取っている。


 ロレッタがウェルナーから聞いた限りでは、そんな話だった。それを機に、彼らは祖国を捨てたのだ、と。


 伝染病の蔓延は、国の誰も予見できなかった不測の事態だったはず。ただ、その原因となったウイルスの培養方法や検証結果を、国が軍事機密として抱えているとは、どういうことなのだろう。なんだか嫌な感じがする。


「その反応、やっぱり知ってましたか。もしかして、身近に犠牲者が居たりしたんですかね? あれ、国内でたまたま見つかった新種のウイルスを、王族が抱える医療科学機構で研究して、毒性を強める形で培養して、餌と一緒にアンプルにでも詰め込んで、敵国へ投げ込む兵器として使う予定だったらしいですよ。でもその途中で、研究員のミスで施設の外へ漏らしちゃって、国中で蔓延したんだそうです。


 七年前、『まるで猛毒でも撒かれたみたいだ』って大騒ぎになりましたけど、本当にその通りだったわけですね。頭の良い大人たちが集まって、国に猛毒をばら撒いたんだ。それを未だに、国民にも隠してる。民間には、原因不明の伝染病だとしか発表されてない。各医療機関から提出された患者たちの症状の経過や治療方法なんかを、検証結果として保存までしてるくせにね。もう救えないですよ、あの国は」


 リューズナードが拳を強く握り締めている。爪が皮膚を食い破ったのか、指の隙間から血が一筋、滴り落ちた。


 出身国の偽り方を鑑みれば、フェリクスがこんなに壮大な作り話を淀みなく騙れるとは考えにくい。俄かには信じがたいが、本当の話なのだろう。


 そうなると、エルフリーデは人為的に引き起こされた病に侵され、その原因を作った人々に見放されて命を落とした、ということになる。流出自体は不慮の事故だったとは言え、人体に対する影響や対処方法など、研究の参考になり得るサンプルはいくらあっても困らなかったはずなのに。


 非人だからという理不尽な理由で、伸ばした手を振り払われた。そんなことが現実で起こったというのか。聞いているだけで、ジクジクと胸が痛んだ。ロレッタの知らない世の中の実情が、また一つ牙を剥いてくる。


 固く握られたリューズナードの手に、ロレッタは自分の手を重ねた。彼の肩がビクリと跳ね、少しだけ手の力が緩む。当事者だった彼の痛みは、きっとロレッタの比ではない。共有することはできないけれど、せめて自身を傷付けるのはやめてほしくて、武骨な指を優しくなぞった。


「腹、立ちません?」


 フェリクスが、煽るような口調で続ける。


「なんで俺たちが、差別だの研究だのの犠牲にならなきゃなんないんですか? 黙って被害者で居続けなきゃいけない理由、あります? やられたから、やり返す。ただそれだけの話でしょう。貴方だって、生まれてから国を出るまでの間に、たくさん苦しめられてきたはずだ!」


「おやめください、フェリクスさん!」


「うるさい! 魔法が使えて、育ちも良さそうなあんたには話してねえよ! 黙ってろ!」


「っ…………」


 言葉に詰まる。


 リューズナードは魔法国家へ反逆する意思を持ち合わせていない。それは重々承知している。ただ、大切な妹を見殺しにされたり、自身も命を狙われたりと、反逆の意思を持っても何ら不思議ではない経験をしてきたことも、知っている。


 フェリクスはリューズナードの中にわだかまる黒いもやを引き摺り出し、彼を味方につけようとしているのだろう。意図したわけではないにせよ、彼の妹に関わる話題を挙げたのは、手段の一つとして効果的なのだと思う。


 もしもリューズナードが、他の全てをかなぐり捨てて復讐へと走ってしまったら。考えたこともなかった仮定の話が、途端に現実味を帯びてしまったように感じて、ロレッタは恐る恐る彼の様子を窺う。

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