20話

「……今の話が、全て本当だったとしても」


 リューズナードの拳が開き、重なっていたロレッタの手を握り返してきた。


「それでも、俺がお前の復讐に加担することはない」


「!」


 真っ直ぐに目を見て言い切った。フェリクスが少し、たじろぐ。


「な……なんでですか!」


「俺はもう、あの国とは関わりたくない。それに、俺が軽率な行動を取れば、村ごと報復の標的にされる。そんなリスクを背負ってまで、やるべきことだとは思えない。……お前こそ、仮に復讐が上手くいったとして、その後はどうするつもりなんだ? 頼る宛てもなく、一生炎の国ルベライトから追われ続ける生活をしていく気か」


「それ、は…………ここで匿ってもらえれば……」


「ふざけるな。俺たちがこの村を創ったのは、国から離れて平穏に暮らす為だ。争いの火種を抱えた奴を、手放しで受け入れることなんてできない」


 彼は以前、村を守る為に戦うことが自分の存在意義だと言っていた。そう思う気持ちは、きっと今でも揺らいでいない。祖国への恨みはあれど、それはその気持ちを凌駕するほどのものではないようだ。ロレッタは密かに安堵する。


 同時に、フェリクスの企てる計画があまりにも杜撰で、なんとも言えない心境になった。姉との交渉を目指して水の国アクアマリンへ帰ろうとしていた、かつての自分の姿と重なって見えたのだ。


 契約を破棄するという目的以外の、細かい部分やその後のことまでを綿密に練り上げられていない。人の心や世の中のことが把握できていない。世間知らずの人間が考える、稚拙で穴だらけの計画。相談されたリューズナードも、こんな気持ちで聞いていたのだろうか。


「え……? 待ってください。ここに置いてもらえないのは、困るんです!」


 改めて拒絶の言葉を吐かれたフェリクスは、何故かそれまでの比ではないくらいに動揺を露わにした。布団から這い出て、リューズナードに縋り付く。


「俺は良いけど、せめてシルヴィアだけでも……!」


「あ? シルヴィア? 誰だ。……聞いてやるから、少し離れろ」


 鬱陶しそうに告げられ、フェリクスが渋々引き下がる。ロレッタも身を引こうとしたが、その瞬間に手をがっちりと掴まれた。本気で抵抗しなければ振りほどけそうにない。「離れろ」という言葉の矛先は、どうやらこちらへは向けられていないようだ。


 体勢を戻したフェリクスが、それまでとは一転、しおらしい様子で話し始めた。


「……シルヴィアは、俺の協力者です」


「協力者……。仲間が居るのは本当なのか。復讐に協力しているのなら、そいつもお前と同じ境遇ということか」


「いいえ、彼女は魔法が使えます。でも、彼女の母親が非人で、たくさん酷い目に遭わされてきたから、国も国民も恨んでる。何年か前に、街の隅っこでボロボロになってた俺を助けてくれて、いつか絶対やり返してやろうって約束しました。その誓いがあったから、俺は今日まで生きてこられたんです」


「もう一度訊くが、何故、一緒に国を出て来なかった?」


「彼女の母親が寝込んでいるからですよ。心にも体にも傷を負わされて、すぐに動ける状態ではないんです。置いて行くことなんてできません」


「…………」


 リューズナードが難しい顔をしている。たしか、体の弱いエルフリーデの容体を考慮した結果、なかなか国を捨てる決断ができなかったのだとウェルナーが言っていたので、多少なりとも重なる部分があるのかもしれない。


「でも、炎の国ルベライトにできるだけ大きな打撃を与える為には、時間も費用も相当割いてきた研究が完成する直前に情報を漏洩してやるほうが良いから、計画を決行するタイミングはずらせなかったんです。それで、彼女が情報を抜いて、俺がそれを受け取って国を出て……みたいな形になりました。貴方やこの村の人たちが協力してくれれば、国の混乱に乗じてシルヴィアも彼女の母親も連れ出せるだろう、って思ってて……」


「最初から俺たちを巻き込む気でいたのか、迷惑な話だ。国の機密情報は、どうやって抜いた?」


「シルヴィアが、さっき言った医療科学機構に所属する研究員なんです。何年もかけて周りの信用を勝ち取って、機密を管理する部屋に出入りする権利も手に入れてくれました。もちろん、いずれ復讐する為に」


「行き先に水の国アクアマリンを選んだのは?」


「……物理的に距離が近いし、炎の国ルベライトともたくさん戦ってきたはずだから、炎の国ルベライトが軍事機密を漏らされて一番困る相手は水の国アクアマリンだと思ったんです。まあ、極論を言えば、どこでも良かったんですけど」


 もしも水の国アクアマリンにその情報が渡されたら、どうなるのだろう。ロレッタは考える。


 水の国アクアマリン炎の国ルベライトほどの医療技術はない。テートルッツギフトとやらを再現したり、完璧な抗体を作ったりするのは難しいのだと思う。けれど、その情報を使えば内乱をも誘発できるという話だったので、ミランダならばそちらを上手く利用しそうだ。同士討ちで国力を削ってから、一気に叩く。攻め込まれる前に、攻め落とす。巻き起こる戦乱を想像し、背筋がブルリと震えた。


「あ、あの……フェリクスさん。シルヴィアさんのお父様は、なんと仰っているのでしょうか……?」


 少しでも穏便に済ませる方法はないものかと、恐る恐る尋ねてみる。これまでの話には出てこなかったが、父親に反対されているのなら、そこからシルヴィアを思い留まらせることが可能かもしれない。シルヴィアが止まれば、フェリクスも止まらざるを得ないはず。


 そんな甘い考えを、しかしフェリクスが一蹴する。


「知りませんよ、そんなの。シルヴィアは、母親が見ず知らずの男に暴力を振るわれた末に身籠った子供らしいので。本人も父親になんて会ったことはないと言ってました」


「……っ!」


 全身から、血の気が引いていくのを感じる。呼吸も浅くなり、いよいよ気分が悪くなってきた。思わず口元に手を添える。


 ロレッタの限界を悟ったのか、リューズナードが声を上げた。


「……話は大体、分かった。もう嘘はついていないな?」


「はい……」


「そうか。だが、どんな事情があるにしても、俺たちが魔法国家への復讐に協力しないというのは、変わらはない。それから、お前が復讐を諦めない限り、お前も、お前の仲間も、原石の村ジェムストーンには置いてやれない。復讐か、自分と仲間の安寧か、好きなほうを選べ。……今日は、これで終いだ」


「…………」


 不服そうな顔こそしているものの、もうフェリクスは、リューズナードに縋り付くような真似はしなかった。様々な指摘を受けて、さすがに思うところがあったのだろう。


 先に立ち上がったリューズナードに手を引かれる。だが、体に上手く力が入らない。もたついていると、先日と同じように再び抱きかかえられた。ギョッとするフェリクスに構わず、リューズナードはそのままスタスタ歩き出したのだった。

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