78話

「……先日は、出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありませんでした。ですが、私は決して、あなたから何かを奪いたかったわけではないのです。ただ、もっと、ご自分のことも大切にしていただきたくて――」


 目の前でロレッタが何か言っている気がするが、まともに頭に入らない。隣でウェルナーが肩を震わせて笑っているが、反応する余裕がない。今はただ、自分の右手が燃えるように熱い。


「……あの、リューズナードさん?」


 こちらを見上げて、窺うように名前を呼ばれる。長くて呼びづらい、という明快な理由から同郷の友人たちが呼び始め、いつの間にか他の仲間たちへも広まっていた、リューという愛称。今では全員がその愛称を使うので、「リューズナード」ときっちり呼ぶのは、ロレッタ一人だけだ。その音すらも、熱に変わる。


「っ…………分、かった、から……放せ……」


 かろうじて口から出てくれたのは、それだけだった。なんとか聞き取れたらしいロレッタが「申し訳ありません……」と言って手を握る力を緩めたので、勢いよく振りほどいてその場を後にする。とうとう噴き出した友人の笑い声が、実に腹立たしい。


「リュー、顔赤いな?」


「りゅー、まっかっか!」


 駆け寄って来た子供たちが足元で囃し立ててくる。いつもなら、もっとしっかり相手をしてやれるのに、その時のリューズナードには、


「うるさい……!」


 と、小さく返すので精一杯だった。


 その後しばらく、先日とは違う理由で乱れた脈拍を落ち着ける為、またひたすら歩き回る破目になってしまったのだった。

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