30話
水瓶の中には、日用品、衣類、掃除用具、果ては刀の手入れに使うのだろう道具まで、あらゆる雑貨がなんの識別もなく無造作に詰め込まれていた。他の住人たちのものと比べて殺風景な部屋だとは思っていたが、使わない物はなんでもこの中へ押し込んでいたのだろう。一般的に、これは「片付け」とは呼べない。
悲鳴を上げる水瓶を見て、ロレッタはどこか懐かしい気持ちになる。
(まるで、お父様みたいだわ)
ロレッタの父は掃除や片付けが極端に苦手な人間であり、一旦不要となった物をひとまず全てクローゼットへ押し込む悪癖があった。そうして、定期的に雪崩を起こしては母に叱られていたのだ。母が存命で、父も息災だった頃の、数少ない思い出のひとつだった。
新たな同居人からは、父と似た気配を感じる。人々の為ならばどこまでも献身的で、自身のことには無頓着。彼の役に立てることがあるとしたら、ここかもしれない。
サラの家の手伝いを終え、夕飯と風呂も済ませたロレッタは、足早に帰宅し、真っ先に明かりを点けた。火打ち石で火花を散らして火種に着火させ、油の注がれた皿へ火を移す。ぼうっ、と燃え上がった火が消えないよう、風避けの入れ物を被せれば完成だ。薄い紙越しに揺らめく橙が、なんとも幻想的で気に入っている。最初こそ道具の扱いにも苦戦していたが、今ではすっかり手慣れたものだ。
明かりが弱まらないうちにと、住人から譲ってもらった厚めの布切れを、流し台の水に浸した。十分に濡らしたら、きつく絞って水気を切り、拭き掃除に取り掛かる。本当は壁や天井の埃をはたくところから始めたかったが、就寝前にする作業ではないだろうと思い留まった。余裕ができれば次回は昼間に決行しようと決意する。
元々が狭くて何もない部屋なので、小一時間程度で全体の拭き掃除は終わった。薄暗くて隅々までは目視できないが、だいぶ綺麗になったと思う。功労者である布切れは、なかなかに悲惨な見た目となってしまった。労いを込めてしっかりと洗い、窓辺に置いて乾かした。
続けて、埃の取れたかまどへ炭や薪を放り込んで火を起こし、手伝いの報酬として分けてもらった野菜や穀類を煮込んで、一人分の雑炊を作る。食器や調理器具の類も、この家では一切見当たらない為、全て心優しい住人たちから借りてきた物だ。つくづく、人との繋がりは大切だと実感する。
できた食事をどこに置いておこうか迷ったが、テーブルや膳などがあるはずもないので、申し訳ないと思いながら床に直置きした。彼の寝床の真横に置いておけば気付くだろう。「召し上がってください」と簡単な書き置きを添え、片付けを済ませて自分も就寝した。
翌朝。ロレッタが目を覚ますと、眼前に昨日使った鍋が鎮座していた。混乱して跳ね起きるも、もちろん家には自分一人きり。状況を説明してくれる人間はいない。
鍋の蓋を開けたところ、作った雑炊が手付かずの状態で丸ごと残っていた。少しでも栄養を摂ってほしいと願って用意したものだったのだが、リューズナードは食べてくれなかったようだ。隣には書き置きも一緒に並べられており、ロレッタが書いた「召し上がってください」の下に「お前が食え」という一言が追記されている。ロレッタは、しゅん……と肩を落とした。
(余計なことをしてしまったのね……気を付けないと)
食事の用意は、やめておいたほうが良い。その情報を収穫として、ひとまず掃除だけをこまめに行うことに決めたロレッタだった。
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