91話
思い返せば、ロレッタはリューズナードに嫌われていて当然の立場だが、無視だけはされたことがない。声をかければ、例え渋々だったとしても、きちんと立ち止まって耳を傾けてくれていた。それなのに、勝手に怯えて口を噤んでしまったのは、ロレッタのほうだ。
今回の件だって、婚約や契約を破棄する為に国へ戻るのならば、真っ先に相談するべきは、同じく当事者である彼だったのだ。尋ねてみようか、ではなく、話さなければならなかった。
自分のことしか考えていなかった自己嫌悪を抱えながら、ロレッタは作業を再開した。今日は彼の帰宅を待っていよう、と決めて。
その日の夕刻。裁縫の勉強と農作業の手伝いを終えたロレッタは、改装を経て綺麗になった居候先の家屋の扉を開くなり、驚いて悲鳴を上げた。
目の前にリューズナードが立っていたからだ。
「きゃっ!? …………あ、リューズナードさん……。も、申し訳ありません、いらっしゃると思いませんでした……」
「……いや……」
心臓がバクバクと飛び跳ねている。話がしたい、と考えてはいたけれど、心の準備をする時間は欲しかった。それに、ロレッタの力では押し退けることができないであろう体躯で眼前に立たれると、威圧感がすごい。言葉や表情だけでなく、彼のこの佇まいも、自分が言葉を飲み込んでしまう理由の一つなのかもしれない、とぼんやり思う。
これから外出するところだったのかと考えて道を譲ってみたが、リューズナードが足を動かそうとする気配はない。黙ってロレッタの動向を目で追っている。何をしているのだろう。また、機嫌を損ねるようなことをしてしまったのだろうか。
(……そうだとしても、逃げてはいけないわ。きちんと理由を尋ねるのよ……!)
小さく息を吐いて呼吸を整え、意を決して、ロレッタは口を開こうとした。が、それよりも少しだけ早く、リューズナードが口を開いた。
「…………ご、めん、なさい……」
「………………え?」
大きな体が、ぐるりとロレッタのほうを向く。
「……今まで、嫌がることも、怖がらせるようなことも、たくさんして、ごめんなさい……。あと、掃除や炊事も……俺は苦手だから、助かっている。……いつも、ありがとう……」
途切れ途切れにそう言うと、リューズナードは右手にずっと持っていたらしい物を、ロレッタへと差し出してきた。
村の外で見かける草花をまとめて紙に包んだ、小さな花束だった。
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