85話

 そうなると、移動手段の確保は諦めたほうが良いのだろう。自分の足で歩くしかない。


「あの、それでは、馬車で移動するのと徒歩で移動するのとでは、かかる時間や移動距離にどのくらいの違いがあるものなのでしょうか?」


「え……どう、かしらね? 私もそれほど詳しくないから、正確なことは分からないわ……。馬車の馬は、常に全力で走るわけではないけれど、それでもやっぱり人間よりは時速が上だから、時間がかかればかかるだけ、移動できる距離にも差が開くのではないかしら」


「なるほど……」


 馬の足で三日間ということは、人間の足ではその何倍もかかる。加えて、ロレッタは旅慣れしているわけではない上、体力にもそれほど自信がない。こまめな休憩を挟みながらの道のりは、果てしないものになりそうだった。


「ロレッタちゃん、どこかへ出掛けたいの?」


「はい、水の国アクアマリンまで」


「……え……?」


 サラが小さく聞き返した声は、子供たちの喧騒に掻き消された。




 また別の日。


「……テントの作り方?」


「はい。一から制作することは、可能でしょうか?」


 長距離の移動に備えるべく、野営道具が必要だと考えたロレッタは、取り急ぎ寝床が確保できるようテントの制作方法をウェルナーに尋ねてみた。頭に図面を思い浮かべているのか、難しい表情で考え込んでいる。


「そうだなあ……骨組みとか、接続・固定する為の細かいパーツとかを用意して、組み立てて、丈夫に加工した布地を被せれば、形にはなるんじゃない? パーツ作りは俺でもできるとして、布地についてはミシンが無いから、すげえ時間かかりそうだけど」


「そうですか……」


 平たい布団の感触にはすっかり慣れたものの、さすがに地べたで就寝できる自信はなかった。せめてテントがあれば、と思ったが、作るのには相応の技術が必要らしい。しかも、便利な機械が無い環境なので、全て手作業だ。


 住人たちに負担をかけるのは申し訳ない為、自分で用意したいところだが、諸々の制作技術を習得してから完成させるまで、一体どれだけかかるだろう。


「ちなみに、なんで欲しいの? この村で生活してて、テントを張りたくなるタイミングなんて、ある?」


「野営に必要な物を確認していたのです」


「野営? ……え、何、家出? リューと喧嘩でもした? それならロレッタちゃんが出て行くんじゃなくて、あいつを追い出しな。いつでも手伝うよ」


「い、いえ、そのようなことはありません。……ああ、でも……」


 ロレッタはふと、初めて夜に顔を合わせた日のことを思い出した。


 食事の片づけを終えた後、ロレッタは奥の寝室に布団を敷いたが、リューズナードはこれまでと変わらず囲炉裏の隣に布団を敷いていた。寝室にも二人で横になれるだけのスペースはあったものの、本人曰く「必ずそこで寝なければならないわけじゃないだろ」とのことだ。

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