48話

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 迫り来る凶刃を見上げ、ナディヤは思考を巡らせる。


 攻撃範囲が広すぎて、今から範囲外まで移動するのは不可能だ。どう足掻いても間に合わない。


 目の前には水路もあるが、そこへ飛び込むのは悪手だろう。何せ、ここは水を統べる王族が治める国なのだから。全ての水は王族の支配下にある。水へ体を浸した瞬間、自分の身がどうなるか分からない。


 ――逃げる手段がない。ギリ、と強く歯噛みする。


「ふっざけんなぁ!!」


 ナディヤは体を大きく横に捻って拘束を緩めると、そのまま自分を押さえ込んでいたアドルフを引き剥がした。もう力が入らなかったのか、あっさり外れた敵の体を、乱暴に石畳へ投げ捨てる。うつ伏せの状態で転がったそれは、一度強く咳をして血を吐いた後、起き上がる気配がなくなった。


 自分の頭上数メートル先の空間に、赤い障壁を創り出す。フェニックスを呼び出すほどの魔力は残っていないものの、まだ十分に戦える余力はある。余さず使い切るような気概で強固な盾を構えた。しかし、


 バリン!!


 凶刃の落下を防ぐどころか、ほんの一瞬すらも動きを静止させることができないまま、いとも簡単に盾が破られた。並の相手ならこんなことにはならない。規格外の馬鹿みたいなこの魔法の使い手が、王族である証だ。


「くそっ……!」


 往生際悪く剣を創り出し、氷柱の破壊を試みる。けれどやはり、進攻を食い止めることはできなかった。力いっぱい振り翳した刃が、氷柱に当たるなり砕けて吹っ飛ぶ。そうして落下を続けた氷柱は、とうとうナディヤの右腕を刺し貫いたのだった。


「あ゛あ゛あ゛あああぁぁ……っ!!!!」


 棘下筋に穴を空けた氷柱が、尚もそのまま落下を続け、石畳の奥の地面を深く抉った。ナディヤの体も共に沈み、仰向けになって地へ縫い留められるような体勢で叩き付けられる。先のアドルフのように、ゲホッ! と咳き込み血を吐いた。


 そのアドルフはと言えば、ナディヤから少しばかり離れた所で変わらず転がっている。腹に氷柱が刺さっているように思えたが、よく見れば、ちょうど火傷とナディヤの攻撃で抉れていた箇所に凶刃の切っ先が落下したようで、この魔法によるダメージは無さそうである。自分も防ぐことより躱すことに尽力すれば良かった、と今さらながら思った。


 これからどうしたものかと考え始めたその時、敵側から女性の声が聴こえた。


『――アドルフ、戦況を報告して』


 再びアドルフのほうへ目を向ければ、女性の声の源が無線機であることが見て取れた。持ち主はすでに意識不明で、無線機も手放していたが、まだランプは点灯している。ナディヤは痛みを堪えて手を伸ばし、無線機に魔力を注いで通信を続けた。


「……やっほー、王女様。遊びに来たよ」


『!』


 先ほどアドルフが、「ミランダ様」と名前を呼んでいた。水の国アクアマリンの王女の名前だ。ナディヤでも歯が立たなかった凄まじい威力の魔法は、彼女が放ったものだったのだろう。


『女の声……ナディヤ・ベルネットかしら?』


「察しが良いねえ。正解。……慣れ合いが趣味の水の国アクアマリンにしては、ずいぶん思いきった指示を出したもんだね。自分ごと敵を仕留めさせるよう兵士を動かすなんてさ。正直、びっくりだよ」


 炎の国ルベライトでは、蘇生魔法を前提とした自爆特攻を兵士に命じるのが日常茶飯事である。ナディヤも、国王のツェーザルも、その指示を出すことに欠片の躊躇も抱かない。ただ、水の国アクアマリンがそれに近いことをするとは思わなかった。兵士の命を重んじる風潮があるらしい水の国アクアマリンの王族に、そんな命令を下す思考があるなんて考えもしなかった。びっくりした、というのは本当の話だ。


『……自分ごと……?』


 ミランダの声が揺らぐ。次いで、珍しく焦ったような彼女の声が響いてきた。


『……まさか、貴方自身も落下地点に留まっていたわけではないでしょうね? 私は、敵だけを誘導しなさいと言ったのよ! どうなっているの! 戦況を報告しなさい、アドルフ!』


(あー、そういうことね……)


 声には出さず、一人納得する。どうやら、ミランダは最初からアドルフに犠牲になるよう命じていたわけではなく、ナディヤだけを氷柱の落下地点へ誘導するよう指示していたようだ。けれど、当のアドルフにそれができる余力が無くなってしまったから、本人の独断で自分を囮にナディヤをここへ誘い出したのだろう。そして、現場の状況が把握できないのを良いことに、ミランダに合図を出して範囲攻撃を決行させた。自分諸共もろとも、確実にナディヤを仕留める為に。

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