76話

 黙り込んで考えていると、フィリップの後方に続く道の先から、ウェルナーが歩いて来た。


「ああ居た、フィリップ! 引き出しが外れた、って言ってた箪笥、直してやったから取りに来い」


「あ? わざわざ顔出しに来るんだったら、ついでに持ってきてくれりゃあ良かっただろ」


「男の家への配送サービスなんて、受け付けてねえよ。……って言うか、お前ら何してんの?」


「分からん。何してんだ、こいつ?」


「…………」


 訝し気な視線が二つに増えたが、リューズナードは構わず考え続ける。そんな様子を見たウェルナーが、ふと、何かに気付いたような顔をした。


「……悪い、フィリップ。ちょっとこいつ、連れて行って良い?」


「おう。もうわけ分かんねえから引き取ってくれ」


「よし! 行こうぜ、リュー」


「あ、ああ……」


 肩を掴まれてずるずる引きずられ、人のいない地点まで連行される。そしてようやく立ち止まったかと思えば、彼は目の前に自身の右手を差し出してきた。


「俺ともしようぜ、握手」


「……なんだ、急に」


「楽しそうだったからさ、俺も混ぜてよ。はい」


「…………」


 自分のことは棚に上げて不審に思いつつ、リューズナードは大人しく彼の右手を握った。だが、これも違う。なんとも思わない。


 もちろん、最も付き合いの長い友人の一人なので、安心はする。祖国で苦楽を共にした友人たちがくれる温かさは、リューズナードがこれからもここで生きていく為に無くてはならないものだ。ただ、それと昨日の不思議な感覚は、完全に別物だった。


 再び眉間に皺が寄ったところで、ウェルナーがニヤリと笑った。


「どう? ゆっくり眠れそう?」


「!? お前、なんで、それ……!」


「昨日、炊き出しの日だったのにロレッタちゃんが来なかったから、呼びに行ったんだよね。そしたら、二人で仲良く寝ちゃってて、起こせなかった」


「……っ」


 炊き出し。そう言えば、そうだったかもしれない。夜通し動いていた上に、仮眠と言う名の昼寝をしたせいで、日にちや時間の感覚が狂ってしまっていた。別に疚しいことをしていたわけではないが、他者の目から自分たちの姿はどのように映っていたのだろう。


「で? お前は朝からまた、人肌恋しくなっちゃったの?」


「いや、そういうわけじゃ……」


「気持ちは分かるよ? 俺だって奥さんの手、好きだもん。でも、だったら俺たちじゃ代わりにはならないだろ。自分の奥さんに頼めよ」


「違うと言っている」


「この時間なら、サラさんの所に居るんじゃねえ? ほら、行くぞ」


「話を聞け、おい!」


 喋り始めると止まらなくなる年上の友人の圧に押し負けて、またしてもずるずると連行されてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る