第8章 王と民

59話

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「……陛下と仰いますと、炎の国ルベライトの王である、ツェーザル・バッハシュタイン国王陛下でしょうか?」


 ソファの陰で怯えるレオンに尋ねると、彼はロレッタから目を逸らしつつも小さく頷いた。


「つまり、貴方様のご意思ではない、と?」


「…………」


 再び頷くレオン。


 ロレッタをここへ閉じ込めるのは、どうやら王命であったようだ。こちらの身分について、すでに察しがついていたのだろう。となると、王女の自分が炎の国ルベライトに捕らえられているという事実は、水の国アクアマリンとの戦争に影響を与える可能性が高い。戦力になれないどころか、故郷の皆の足を引っ張ってしまうような事態は避けたいところだ。


 魔法を発動させるか否かの最終決定権はもちろん、レオン本人にある。しかし、その魔法をも使ったロレッタの隔離は、彼自身が進んで実行しているわけではないらしい。ならば、彼を説得してここから穏便に出してもらえる道もあるのではないか。


 甘い考えだと、自分でも思う。けれどもう、そうする他に良策が思い付かなかった。


「……あの、レオン殿下」


 名前を呼んだだけで、彼はビクリと肩を震わせる。とても王族に相応しい振る舞いとは言えない。


「捕虜の分際で不相応とは存じますが、貴方様にお願いしたいことがございます。私をここから出してはいただけないでしょうか?」


「え……」


 レオンが目を丸くする。まさか、馬鹿正直に頼まれるとは思わなかったのだろう。普通なら、こんな要望が通るはずがない。しかし、ロレッタは必死に縋った。


「このままでは、私の故郷も、私の大切な人も、深く傷付けられてしまいます。私は、みなを守りたいのです。その為にも、ここに留まっているわけには参りません。どうか、ご一考いただきたく存じます……!」


 深々と頭を下げた。ロレッタの言動もまた、王族に相応しい振る舞いとは言えないのだろう。他国の人間相手に頭を下げるなど、ミランダに知られたら激怒されるかもしれない。けれども、手段を選んでいられる状況ではないのだ。


「……あ……うぅ……」


 ソファの端をギュッと掴み、視線をあちらこちらへ彷徨わせるレオン。一蹴されないところを見るに、やはり交渉の余地はありそうである。


 ロレッタがさらに言葉を繋げようとした時、ガン! という鈍い音が響いた。音のしたほうを振り向けば、兵士たちが青い檻を内側から強く叩いているようだった。彼らの鋭い視線は、檻を生成したロレッタではなく、レオンへと向けられている。


 その視線を一身に受けたレオンは、みるみる顔を青褪めさせ、かぶりを振ってロレッタの申し入れを拒絶し始めた。


「だだ、駄目、です……っ。ここからは、出ないでください……!」


「可能であれば、その理由をお聞かせください。私がここを出ることで、貴方様に何か不利益が生じてしまうのでしょうか?」


「うぅ……だって、だって! 陛下の命令、だから…………従わなくちゃ、いけなくて……っ」


「…………」


 胸がズキリと痛む。レオンの様子が、姉の言うことは絶対だと思い込んでいた頃の自分と、重なって見えたのだ。ただ、彼の過剰な怯え方は、当時のロレッタのそれを明らかに超えている。なんの才能も持っていない役立たずのロレッタと違い、彼は蘇生魔法という誰にも真似できない優秀な能力だって持ち合わせているはずなのに、どうして。


「……殿下は、それほどまでに陛下が――お父様が恐ろしいのですか?」


「!!」


 あえて、身内であることを強調する言い方で問いかけると、レオンは今まで以上に過剰反応し、身を縮こまらせた。返事はなくとも、態度が雄弁に語っている。


 先ほどロレッタが尋ねた、レオンの身に起こる不利益。それはきっと、父親絡みの何かなのだろうと予想する。単純に考えるなら、任務の失敗によって叱られるだとか、呆れられるだとか、そんなところだろう。けれど、それだけでここまで怯えるようになるものなのだろうか。


「あの……」


 ロレッタは、レオンの元へ一歩踏み出した。すると、足元に小さな火炎弾が飛んで来て、行く手を拒まれた。床にできた焦げ跡から煙が上がる。喉まで出かかった悲鳴を、なんとか飲み込んだ。


 物理的に近付くことも、内面に踏み込むことも、拒絶されているらしい。しかし、彼を説得してここを出るには、避けて通れない道のような気がした。ロレッタは足を止め、言葉だけを慎重に続ける。


「……無礼を承知でお伺い致します。お父様と何があったのですか? ……いえ。お父様に、一体何をされたのですか」

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