第105話

『ジャカジャカ♪ ジャンジャカ、ジャカジャンジャーン♪』

「うおッ!? なんだなんだっ!?」


詠唱句トリガー〟とやらを唱えた直後、突然として〝竜帝の帯紐〟から、シャカシャカと珍妙な音楽が鳴り始めた。

 おい、やめろ。みたいな音楽を鳴らすんじゃねぇ。


『ソウル・ドミネィト!! カァース・ドレイクゥゥゥ!!』


 続いて、その軽快な音楽を背景に、リズミカルなセリフが流れた。

 おい!? なんだコレ!? 駄目なヤツだろ!? 


「ケント殿、今ですぞ!! 叫ぶのです!! 〝変身〟と!」

「は!? さっきまでのポーズと呪文はなんだったんだよ!?」

「あれは、ただの起動式です! 重要なのはここからですぞ! 急いで下され! 入力受付時間を過ぎると最初からやり直しですぞ!?」

「や、やり直し!? おまっ、ふざけんなッ!?」

「急ぐのです!! あぁ、もう時間が……!」

「だあぁぁぁ! くそッ、わかったっての! 〝変身〟だッ! この野郎っ!」


 やり直しと聞いて、俺はヤケクソ気味に叫んだ。このあからさまなセリフも最悪だが、あの恥ずかしいポーズをもう一度繰り返すのはもっとごめんだ。ここは耐えろ。耐えるんだ、俺。


「うおぉぉぉぉぉっ!?」


 指示通りに叫んだ刹那。溢れそうなほどのエネルギーが、俺の身体中を駆け巡った。前世ほどではない。だが、この感覚を俺は


「これが……〝擬竜人化ドラゴノイド〟……!」


 いつの間にやら俺は、その身に鎧を纏っていた。まるで竜の外殻を模したかのような、有機的かつ堅牢な全身鎧プレートアーマーだ。


「おぉ……! すげぇ! 軽い上に可動域が全く制限されねぇ!?」


 ぶっちゃけ、その着心地は最高だった。感覚としてはウェットスーツを着た状態に近い。身体にぴったりとフィットしていて動きが全く阻害されないのだ。

 この快適性は、恐らく構造のおかげだろう。竜の鱗と甲殻を模したであろうプレートは、通常の鎧と比べても遥かに精密に重ねられており、身体の動きに合わせて自在に可動するようになっているのだ。

 他にも、関節部分は竜皮と細かな竜鱗によって構成されている。そのおかげで、ほとんど布を纏っている状態と近い動きが可能だった。皮と言えば防御力が低そうに聞こえるが、竜の外皮ともなればその防御力は下手な金属以上だ。ミスリル製の甲冑で全身を包んでいるのと同等であると言っても決して過言ではない。


 竜の力を宿した堅牢な鎧。溢れんばかりに湧き上がる力。

 

 ──いける。

 

 この能力チカラさえあれば、本物の竜さえも。



「──〝開示せよ〟」


 確かめるまでも無いが、それでも念の為だ。自身が得た力を把握するため、俺は胸にぶら下げた登録証を手に取ってステータス画面を開いた。


────────────────────────────────

<基本情報>

名称 :ケント

天職 :愚者おろかもの

レベル :14


体力 :79@?(状態異常:呪龍の怨嗟)

魔力 :8420(+3000)

攻撃力 :3093(+3000)

防御力 :3062(+3000)

敏捷 :3055(+3000)

幸運 :0(ー155)


<スキル情報>

【型破り】SLv9(ユニークスキル・進化可能)

【洞察眼】SLv7(ユニークスキル・進化可能)

【破壊王】SLvMAX(ユニークスキル)

【肉壁】SLv6(ユニークスキル)

【魔拳術】SLv7(ユニークスキル)

【細胞活性】SLv8(ユニークスキル)

────────────────────────────────


「なんつー上昇値だよっ!?」


 青い画面に記された己のステータス。それをひと目見て、驚愕を吐露した。

 我ながら初な反応だが、仕方がないだろう。なにせ物理戦闘に必要な能力が、軒並み3000も上昇してるんだから。以前のと比較するのは流石に論外だが、それでも単純な攻撃力と防御力で見ればS級に引けを取らない上昇値。驚かない方が難しい。


(コイツはとんでもねぇ代物だな……)


 強さを追い求める冒険者にとっちゃ、まさに夢のようなマジックアイテムと言っても過言ではない──ただ、一つだけ気になる点を除いては。


「……おい、エレノア。この〝呪龍の怨嗟〟ってのは何だ」


 ステータス強化の効果は期待を二周分くらい上回っていて申し分ない。けどな、なんか俺の体力ステータスの項目に、見るからにヤバそうな状態異常バッドステータスが付いてんぞ、こら。

 おまけに体力の数値がおかしい。先ほどから減ったり増えたりを高速で繰り返している。そのせいだろう。時折、バグ技使った中古ゲームみたいな表示になってやがる。


「にょほほほ!! よくぞ聞いてくれました! その〝竜帝の帯紐ドラグ・ドライバー〟はですな、かの呪われし魔剣『呪龍剣ドラグスレイブ』に使われていた龍玉をコアにして造られておるのです! いやぁ、大変だったのですぞ! 呪われた武具の癖にそこそこ値が張りました上に、持ち込みも裏ルートですから。これまた金貨がかかってかかって……!」

「ドラグスレイブ? どっかで聞いたことある銘だが……つか、聞きたいのはそっちじゃねえ! この状態異常は何だっつーのを聞いてんだよ!?」


 明らかにやばいだろ。『呪』とか『怨嗟』とか、ポジティブなワードじゃねぇ事は確かだ。無論、そのもロクなもんじゃないに決まっている。


「端的に言えば、それは龍の呪いですな。毎秒1づつくらいのペースで体力が減り、やがて死に至る呪いですぞ! にょほほほほっ……にょおおおおおお!? いたいれす! いたいれすぞ!?」

「なんも笑えねぇよ!? 使用者呪ってどうすんだよ!? ちゃんと取れるんだろうな!? これ!」


 流石に苛ついたので、エレノアの両頬をムニムニと摘んでやる。何だコイツ、お餅みたいに柔けぇ。


「し、心配せじゅとも! れんと殿なら大丈夫れふ!! むしろ貴殿せんにょうと言っても過言ではありまへぬ! ごじひんのゆにぃくすきるをおわしゅれでひゅか!?」

「俺専用……? なるほど……そういう事かよ」


 エレノアに言われてハッとした。そうか。確かにこりゃ、俺にしか扱えねぇ。

 だって俺には──スライムも驚く脅威の再生スキルがあるじゃねぇか。


 ──【細胞活性】


 魔力を必要としない、究極の自然治癒リジェネーションスキル。

 そのスキルレベルは以前より向上しており、今やその回復量は秒間で0.2%だ。つまり、10秒もあれば16程度の体力を回復させる。この回復速度は、先ほどエレノアが語った呪いによって体力が減る速度を大きく上回っていた。


 要するに俺は──ノーリスクで、この破格の力を振るい放題なわけだ。


「ちょっと、まだなの!? 【白聖衣クロス】使いすぎて、そろそろ魔力がキツイんだからね!?」


 一人で時間稼ぎを頑張るモニカが、しびれを切らしたように叫んだ。


「っと、いけねぇ。今はコイツの頬をムニってる場合じゃねぇか。……とりあえず加勢してくるわ」

「あ、お待ち下され! それには、いくつか注意点が──」

「きゃあっ……!?」

「モニカっ!?」


 エレノアが何か言いかけたようだが、モニカもそろそろ限界みたいだ。とりあえず話は後にして、俺は疾駆した。


『──竜帝の力をこの身に宿し、全てを打ち砕かん……ッ!』


 あれ? なんか今、俺の口から勝手に決めゼリフっぽいのが出なかったか……?

 いや、気のせいだろう。きっと気分が高揚して、昔見た特撮モノのセリフでも脳内再生されたに違いない。


『灼き融かせ──【灼煌竜アグラヴァ息吹グロッサ】ッッ!!』


 モニカと入れ替わる格好で岩石魔人ロック・エレメントに飛び込んだ俺は、その拳をヤツの身体へと突き入れた。

 次の刹那──その身体を構成する岩塊がみるみるうちに赤熱色に変色していき、その魔石ごと溶岩となってドロドロに融け始めた。


「す、すごい……! あれだけ再生力の高かったゴーレムが、一瞬で……!」


 ただのマグマと化し、魔獣としての性質を一切失った岩石魔人ロック・エレメント。その成れの果てを目にして、モニカが感嘆の声を上げた。

 そりゃ驚くよな。格上魔獣をワンパンで仕留めるなんて芸当を目の当たりにすりゃ。


(なんだ? 今のスキル……あんなスキル、俺持ってねぇぞ? つか、やっぱセリフが勝手に……あれ?)


 けど、俺はそれどころじゃなかった。

 吐いたつもりがない決めゼリフ。未知なるスキル。

 たった今行われた戦闘行為において、色々と違和感が生まれ、頭が混乱している。


『──これが覇者の権能チカラだ』


 、だ。今のセリフは俺の意思で言ったものではない。


 ──そもそも吐くワケがないのだ。こんなクソダサい決めゼリフ。


 それなのに口が勝手に動き出して言葉を吐いた。


 俺はゆっくりとエレノアの方へと視線を向けた。そして眼鏡越しに目と目が合う。すると、何を思ったのか。彼女はぴょこぴょこ飛び跳ねながら、黄色い声援を俺に向けて言い放った


「にょほおおおおお!! ジャスティースっ!! ケント殿かっこいいですぞおお!!」


 うん、絶対お前の仕業だよな。

 つか、お前以外いねーんだわ。このパーティーに奇人はよぉ。

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