第11話

 仲間探しに四苦八苦していたその翌々日。

 俺は大通り沿いにある喫茶店へとやってきていた。そこは中高生がよくと呪文を唱える事で有名なチェーン店である。


「うっ、なんだこのサイズ表記。T? G? 全くわからん。多分Sはスモールだよな? ──とりあえずこれのSください。あ、はい、初めてです。メ、メッセージ? いやいや、結構です」


 よくわからんままに注文を済ませ、空いている席を探してそこに腰掛けた。ひとまず購入したコーヒーもどきを口に含んで一息つく。


 さて、こんなガラでもない場所にやってきたのには、深い理由ワケがあった。何を隠そう、先日パーティー募集にメッセージをくれた人物と会うためである。

 あの後、何通かメッセージのやり取りをしたのだが、思いのほか感触が良かった。そこで思い切って顔合わせしてみて、それで気が合いそうなら組もうという話になったのだ。


 そして、その待ち合わせ場所がここである。うーん、チョイスが若い。

 相手の年齢は非公開だったので推察でしかないが、もしかしたら田上くんや三浦さんみたいな学生冒険者なのかもしれないな。

 かくいう俺も23歳とまだまだ若い方なのだが、所詮は元ニート。ブームの最先端なんて知る由も無いのだ。


「ふぅ、ちょっと早く着いちまったか」


 スマホの時計表示を見て嘆息する。時刻は14時52分。待ち合わせの15時には少し早い。


「『こちら、もう着いてます』っと」


 とりあえず俺は『ピアーズ』のアプリを立ち上げ、目的の人物へとメッセージを送っておく。それから、無駄に甘ったるいコーヒーもどきを啜りつつ、待ち人の到着を待った。



「──馬原さんっすか?」


 しばらく席で待っていると、ふいに名前を呼ばれた。視線向けると、そこには変なキャラ物パーカーを着た少女の姿があった。

 恐らくだが、年齢は雪菜と同じくらいだと思われる。雪菜に負けず劣らずの美少女で、紫色のミディアムヘアと前髪に入ったピンクのハイライトが印象的だ。

 整った顔立ちではあるが、ジトっとした目付きで、ちょっと感情が読み取り辛い。端的に言えばダウナー系って感じ。


「あぁ、そうだよ。声をかけてきたって事は、君がえーっと、神坂さん?」

星奈せなでいいっすよ。ちょーアットホームなパーティーって聞いたんで、さすがに苗字じゃ余所余所しいっしょ」


 気だるそうに自己紹介しつつ、彼女──星奈は俺の向かいの席に座った。


「そ、そうか。じゃあ遠慮無く……よろしくな、星奈。俺の事は賢人でいい」

「よろしくっす。賢人パイセン」


 ポップコーンより軽いノリの挨拶を済ませ、パフェかよとツッコミたくなるほどクリームが盛られた謎のドリンクを飲み始める星奈。その独特な雰囲気に飲まれて、自分の顔が引きつるのを感じた。


「お、おう……」


 なんかすげー独特な子が来たな……。

 まさに個性と言う文字をそのまま擬人化したような存在だ。

 その証拠に、既に微妙な空気感がこの場を支配している。

 あれ、おかしいな? やり取りしてたメッセージの文章は普通だったんだが。


「……早速なんすけど、パーティーについて色々聞いてもいいすか?」

「あ、あぁ……! なんでも聞いてくれ」


 この場の空気はどうしたもんかと困惑していたところ、有り難いことに彼女の方から切り出してくれた。


「ウチ、天職は盗賊なんで斥候スカウターより補助向きなんすよね。募集だと近接戦闘はおまかせってあったんすけど、全部パイセンにお任せして大丈夫っすか?」

「ああ、そこは問題無いぞ。こう見えて攻撃力も防御力もバカ高いからな。ただ、俺は聖騎士パラディン盾士シールダーじゃないからな。抜けてしまったら、ある程度の対処はお願いしたいところだ」

「そこは問題ないっす。【短剣術】くらいは覚えてるんで」


 盗賊のスキルセットは斥候と似ている。【罠探知】や【罠解除】など、ダンジョン探索に必要なスキルは、どちらの天職であっても共通で取得可能だ。

 ただ、彼女の言う通り、盗賊はどちらかといえば補助よりだ。斥候は追撃や強襲の役割を担うこともあるため攻撃スキルも意外と持っている。対して盗賊は【加速ヘイスト】【煙幕】【アイテム奪取】などの補助スキルが多く、攻撃スキルは少ない。その違いから、極力近接戦闘には参加したくないという彼女の意向も当然だろう。


「それと、残業ナシってマジすか? ウチ、あんま夜は働けないんすけど」

「夜間のパーティー活動を残業と形容すべきはさておいて。……基本的には日中の活動を予定してるぞ。俺は冒険者業しかしてないしな」

「そっすか。なら安心っすね」

「むしろ大丈夫なのか? 見た目で判断するのは申し訳ないが、星奈は未成年っぽいし……学校の授業とかがあるんじゃないか?」


 冒険者学校に通った事が無いので詳しくないが、養成学校と言えども通常の学業も流石にあるんじゃなかろうか。その場合、日中の活動自体がかなり限定される気がした。


「あー、大丈夫っすよパイセン。ウチ、あんま学校行ってないんで。一応、学校ウチの卒業資格って在学中にCランク以上まで上がる的な? そこクリアしてるんで問題ないっす。それにウチ勉強嫌いなんで」


 特に悪びれる様子も無く、あっけらかんと話す星奈。どうも彼女は、学業には一切興味が無いらしい。


「そうか。なら問題無さそうだな」


 俺が返すと、星奈は虚をつかれたような顔をした。


「え? あーっ……えっと、つまり学校サボってるって話なんすけど……何も言わないんすか?」

「ん? まぁ、それは俺が口出しする事じゃないさ。それに、少なくとも冒険者として立派に仕事してるなら別にいいんじゃないか?」


 そもそも俺は彼女に言及できるほど出来た人間ではない。つい一ヶ月前まで、親の遺産を食い潰すニート生活を送っていたのだから。それでも自分なりに理由あっての事だ。

 ならば彼女だって何か理由があって学問を捨て、冒険者稼業一筋の道を選んだのだろう。それで立派に金を稼いで社会に貢献してるなら別に問題ないと思った。

 つーか、むしろ選択肢としてはニートより遥かにマシだ。


「……そっすか」

「……あぁ、そうだ」


 しばしの沈黙。

 あれだな。初対面同士の会話で話題を失った時によく起こるやつだ。

 気まずい空気が俺たちを包む。


「……」


 居たたまれなくなった俺は、星奈の方へ目を向けた。

 彼女は何かを考えているようだった。表情の変化が少ないので非常に分かりづらいが、その視線は少し斜め上を見ている。


「──パーティー」


 しばらくしてから沈黙を裂いたのは、星奈の言葉だった。

 気だるそうな表情が、ちょっとだけ和らぎ、


「加入するんで、しくよろっす。──パイセン」


 これまた反応のし辛い挨拶と共に右手を差し出してきた。


「お、おう? よろしく?」


 よくわからないが、彼女のお眼鏡に適ったらしい。多分、これは握手のサインだ。そう思って俺は星奈の手を握った。

 とりあえず、ダンフレゲットだぜ。


「あ、パイセン。一個だけ、お願いしてもいいっすか?」


 握手を終えた後、星奈がそんな事を言ってきた。

 

「なんだ? 構わないが、俺に出来ることに限るぞ」

「ウチのサボり仲間のダンフレがいるんすけど、誘ってもいいっすか?」 


 ダン友って言葉、マジで使うんだ……。

 さっきノリで使ったけど、まさか若者御用達ワードだったとは。

 

「え? もしや今どきの中高生冒険者では当たり前のワード? うわっ、私の年齢……高すぎ……!?」

「……パイセン? 一体なんの話すか?」

「え? あぁ、こっちの話だ。気にしなくていい」

「はぁ……?」


 訳わからんと言いたげな表情で、小首を傾げる星奈。


「それより友達をパーティーに加えたいんだったよな? 俺は全然構わないぞ。友達と一緒の方が和気あいあいと探索できるだろうし。何せうちは──アットホームが売りだからな」

 

 親指を立てつつ、笑顔で答えた。

 格好良く決めた手前、後々になって羞恥心が込み上げてきたのは言うまでもない。

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