【魔狼の森】編

第10話

「うーん……やっぱりこっちから募集をかける方がいいのか?」


 俺は自室に籠もって『ピアーズ』のアプリを眺めながら唸る。いかんせん仲間集めが上手くいかないのだ。

 八頭身ゴブリンの魔石がそこそこ高値で売れて、上機嫌で帰宅したところまでは良かった。それから『ピアーズ』で仲間探しを始めて、小一時間。手頃な募集分を見つけては熱烈なメッセージを送っているが、その反応はどれもかんばしくなかった。


 みんな最初の反応はいいのだ。そう、最初はな。


 その理由は単純で、俺が優秀な天職であるだからである。プロフィール欄に記載された二文字を見て、最初は食い気味に返答が返ってくる。それはもう〝熱烈大歓迎〟と言わんばかりの勢いで。

 だが、俺が魔法が使えない故に前衛を担いたい旨を伝えた途端に、その温度感は急速に下がっていくのだ。

 返事が返ってきたらマシな方で、ひどい時はそれすらない。既読無視──そしてそのままグッバイって感じである。嫌な世の中だね。時代が時代だけに、ソシャハラで訴えてやりたいくらいである。


「一応、フレンドリストには田上くんもいるけど……流石に気まずいか。よし、やっぱり自分で募集しよう」


 自分で募集してしまえば、俺の固有スキルも事前に説明できる。応募に来る人はその前提を飲んだ冒険者だけだし、交渉もスムーズだろう。時間はかかるかもしれんが、待ちの体制に入れば時間も有意義に使えるしな。


 冷静に状況を分析した俺は、すぐさま戦略を切り替えた。

 スマホのソフトキーボードをぽちぽちとタップし、募集文を書き上げる。

 一分もかからず出来上がった募集文を見て、


<Cランクの冒険者を募集しています>


【募集天職】

 神官、弓兵、斥候、盗賊など


【報酬分配、その他条件】

 応相談


【募集主コメント】

 私は賢者ですが、固有スキルにより魔法が使えません。

 その代わり、近接戦闘をこなせます。



「よし、完璧だ!」

「……いや、全然ダメでしょ」

「わぁっ!? ゆ、雪菜?」


 耳元から声がして思わず振り返った。そこにはスプーンを咥えた雪菜の姿があった。


「何よ? 人を化け物みたいに……」


 俺の反応が気に食わなかったのか。雪菜は目を細くして俺を睨んだ。


「あぁ、悪い! まさかいるとは思わなかったから、びっくりしちまって……」

「……ふん、別にいいけど」

「それより、急にどうしたんだ? お前が俺の部屋に来るなんて珍しい……」


 用事がある時以外で、雪菜が俺の部屋に立ち入る事はまずない。悲しいが、お兄ちゃんとはそういう宿命を背負った生き物なのだ。ちなみにお父さんも同じ宿命を背負っているからな。


「そ、それは……」


 それはさておき。俺が尋ねると、雪菜はバツが悪そうに目を逸した。それから数拍の間を開けたのちに、消え入るような声で答える。


「い、一応、お礼を言いにきたのよ……」

「……お礼?」


 はて、何かお礼を言われるような事をしただろうか?


「ほら、NARIKINが紹介してたプリン! お兄ちゃんが買ってきてくれたじゃん!」


 ああ、それのことか。プリンと聞いて思い出した。

 八頭身ゴブリンの魔石がいい金になったからな。何か奮発しようと思って、帰りにデパートで買って雪菜に渡したのだった。


「あぁ、そういえば! どうだ? やっぱ美味かったか?」


 なにせ二万円もする超高級プリンだからな。思ったより美味しくなかったとか言われたら俺は泣くぞ。


「う、うん、美味しかった。だから……その、一応ありがとうって言おうと思って……」


 俺が問うと、気恥しそうにお礼を伝えてくる雪菜。

 おおおお、なんて出来た妹なんだ……!

 わざわざお礼を言うために俺の部屋まで来てくれるなんて──!

 お兄ちゃん、感激してニヤけが止まらんぞ!!


「ちょっ、キモ!? ニヤけないでよ! マジでキモいから!」


 そんな雪菜の暴言も今は心地良く感じる。

 そうだ。明日から毎日プリンを買おう。うん、そうしよう。


「ったく……それよりキモにぃ! それって冒険者仲間の募集でしょ?」


 雪菜が俺のスマホを指差して尋ねる。

 

「き、キモ兄ぃ!? ……あ、あぁ……そうだよ」


 呼び名がお兄ちゃんからキモにぃに変わってしまった事実に、吐血しそうなほどダメージを受けつつも、俺は言葉を返した。


「普通に考えて、そんなキモ募集文じゃ人は集まんないでしょ? あたしが考えてあげるからちょっと貸してよ」

「え? あ、おい──」


 答える間もなく、雪菜にスマホをひったくられてしまった。

 俺のスマホを奪取した雪菜は、流石は現役JKと言わんばかりに軽やかな指捌きで、すらすらと募集文を修正していく。

 それから数分も経たずして、にししと笑いながらスマホの画面を俺に向けた。


「ほらっ、これで少しはマシになったでしょ? お兄ちゃん貸し一つね」


 あ、可愛い。天使かよ。

 それはさておき。雪菜の作った募集文はこんな感じだった。



〈☆ダン友大募集☆〉


【募集天職】

 神官、弓兵、斥候、盗賊


【報酬分配、その他条件】

 応相談(頑張ったら増えるかも!?)


【募集主コメント】

 ☆一緒にダンジョン周れるダン友大募集!

 ☆未経験者歓迎!

 ☆長期で組める人超歓迎!

 ☆面倒な前衛は全部こちらにおまかせ!

 ☆アットホームで和気あいあいとしたパーティーです!

 ☆残業ほぼナシ!ライフワークバランスの良いパーティーです!

 ※先輩メンバーの前月残業はなんとゼロ!



「お、おう……」


 ダ、ダメだ。ツッコミどころが多すぎて処理しきれない。

 どう見てもブラックバイトの求人だよね?

 そもそも未経験はC級ダンジョンに入れないし、先輩メンバーもいないよね!?


「どう? 見ただけで一緒に冒険したくなるような募集でしょ?」

「あぁ、そうだな……い、いやぁ、すごいぞ雪菜!」


 いや、絶対応募したくねーけど。そう思いながらも、ドヤ顔の雪菜が可愛いのでとりあえず肯定しておいた。


「……えへへ、お兄ちゃんも、たまには話わかるじゃん」


 あ、天使。

 すまない雪菜。俺はきっとダメなお兄ちゃんだ。この甘さが将来、お前を苦しめるとしても──それでも俺は優しいお兄ちゃんでいたいんだ。

 

 兄としての葛藤に俺が苦しんでいる最中、ピコンとスマホの通知音が鳴る。

 真っ先に雪菜がスマホを覗き込むと、すぐさま表情を綻ばせた。

 

「──あっ! 応募メッセージきた!」

「マジで!? え? 大丈夫? 絶対ヤバい奴だぞ?」 

 

 世の中、色んな人がいるもんだな。

 例えば、こんなブラック感満載の地雷募集にホイホイ応募してきちゃう人とかさ。 

 世界の広さを痛感した俺であった。

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