第9話
ゴブリンジェネラルを討伐し終えた俺は、ダンジョン管理局へとやって来ていた。
その理由はもちろん、手に入れた魔石の売却──それから、ランクアップ申請だ。
現在のランクでは稼げる金額に限界がある。より大金を稼ぐ為には、現在のランクよりもっと上位のダンジョンに行く必要があった。
そのために必要な
(さて、うまく通るといいんだが……)
どれだけステータスが高かろうが、ランク制限を満たさねば上位ダンジョンへの入場は許されない。それがランク制度というものである。
無事に申請が通ることを祈りながら、俺は管理局の自動ドアをくぐった。
今日の管理局は比較的空いていた。俺は慣れた手付きで整理番号を発券すると、局内に設置されたベンチへ腰掛けた。
(──あのゴブリンの魔石はどれくらいで売れるんだろうか)
暇な待ち時間。ふと八頭身ゴブリンの売却額が気になった。
高値で売れるなら、記念に美味いものでも買って帰ろうか。いつぞやのNARIKINが食べていたプリンなんてどうだろう。雪菜もきっと喜ぶに違いない。
そんな他愛もないことを考えながら待つこと数分。
「──5番でお待ちの方、3番受付窓口へどうぞ」
思ってたより早く、手持ちの番号札が呼ばれた。他の手続きと比較して、ランクアップ申請者は少ないのだろうか。
いずれにせよ早いに越したことはない。俺はそそくさと立ち上がって受付の方へ足を運んだ。
「あら、馬原さん。お久しぶりですね」
受付に出たのは一ヶ月前に俺の冒険者登録を担当してくれた高田さんだった。
「お久しぶりです。相変わらずお綺麗ですね」
柔和な笑みで出迎えてくれる彼女に、俺は簡単な社交辞令を添えて会釈する。ま、高田さんは受付嬢の中でも飛び抜けて美人なので社交辞令というより本心に近いが。
「うふふ、おだてても魔石の買取額は変わりませんよ? それで本日のご用件は……ええと、ランクアップ申請……え? ランクアップ申請、ですか?」
高田さんは『本当ですか?』と言いたげな表情で俺に確認を求めた。彼女の言わんとする事は概ね理解している。直接応対してもらうのは久々とはいえ、俺が魔力を失った事は既にデータで把握してるのだろう。ゴブリンの魔石を売り払うのに管理局は何度か訪れてるしな。
「えぇ、ランクアップ申請で間違いないですよ」
「ええと、失礼を承知でお聞きしますが、馬原さんは……その、魔法が使用できなくなったのでは? そのせいか、ここ最近は上層にいるゴブリンの討伐記録しか無いようですが」
言いづらそうに答え、苦笑いする高田さん。古いデータを見てるので、この反応も仕方がない。論より証拠だ。俺はおもむろにポーチからステータスカードを取り出した。
「そう返されると思ってました。実際、今朝まではそうでしたから。でもまぁ騙されたと思って俺のステータスを見てください」
そう言って俺はステータスカードを高田さんへ手渡した。彼女は半信半疑でステータスカードを手元の読み取り機にセットする。そしてそのまま画面へと視線を向けた。そこに表示された内容はこうだ。
────────────────────────────────
<基本情報>
名称 :馬原 賢人
天職 :賢者
レベル :16
体力 :1792
魔力 :0
攻撃力 :1368
防御力 :1349
敏捷 :1345
幸運 :1406
<スキル情報>
SLv1効果:
・保持者の魔力値に-100%の補正。
・保持者の魔力値以外のステータス基礎値に-50%の補正。
Lv2効果:
・失った魔力値の20%分、魔力を除く全ステータスを増加させる。
【火属性魔法】SLv3
【水属性魔法】SLv1
【風属性魔法】SLv1
【地属性魔法】SLv1
【雷属性魔法】SLv1
【聖属性魔法】SLv1
【回復魔法】SLv1
【状態異常解除】SLv2
【状態異常耐性】SLv3
【闇属性魔法耐性】SLv1
【杖術】SLv5
────────────────────────────────
「えっ? ええっ? ええぇぇっ!?」
そのお淑やかそうな受付嬢フェイスが驚愕に崩れた。画面と俺の顔を交互に見やり、その度に後ろにまとめた髪がぷるぷると揺れる。素で驚く彼女も可愛いな。
「それが今のステータスです。多分、要件は満たしてると思うんですが……もし何か実績が必要でしたら、先ほど【小鬼の巣穴】のボスを倒してきましたので、それを実績にいれて頂ければ──」
俺は八頭身ゴブリンからほじくり出した大粒の魔石を机に置いた。
ゴブリンとはいえ、ボスクラスの魔石ならその使い道も幅広い。Eランク冒険者の実績として、そこそこ勘定できるだろう。
「これはゴブリンジェネラルの魔石……? ならこのステータスは本当に……」
「どうでしょうか? 俺としてはCランクくらいまで飛び級できると有り難いんですが」
飛び級なんて出来るもんなのかは知らないが、一応希望は伝えてみる。ランクアップなんてまだ先だと思っていたので、その辺の知識に俺は疎いのだ。
「馬原さん!」
「はい……ってええっ?」
突然、高田さんが俺の手を取った。その表情はいつにも増して真剣そのものだ。何か、とても重要な事を伝えたい。そんな気迫が感じられた。
「な、なんでしょう?」
柔らかな手の感触にドギマギしつつも俺は尋ねた。もしやEランクのダンジョンボス程度で飛び級なんてのは無茶な要望だったか?
高田さん親切そうだし、俺を落胆させないようにしてくれてるんだろうか。
だとしたら悪い事をしてしまったかもしれない。そんな事を考えている内に、
「──今度、お食事に行きませんか?」
「はい……はい? えーっと、それはどういう意味ですか?」
「え? あ、す、すみません!」
困惑しつつ返すと、高田さんは慌てて俺の手を離した。それから彼女は自身の胸に手を当てて、深呼吸する。
「──こほん、失礼しました。私とした事がつい……」
「い、いえ、大丈夫ですよ。気にしないでください。えっと……それで、ランクアップはどうなりますか?」
気を取り直して、話を本題に戻した。高田さんのお誘いの意図も気になるが、今はこちらが重要なのだ。
「あっ、ランクアップに関しては問題ないですよ。 Cランクまでは基本的にレベル──正確にはステータスが査定基準ですので飛び級も可能です!」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
望んでいたCランク昇格。探索の幅が広がる事による期待は大きい。なぜなら素材が売れるような魔獣はDランク以上のダンジョンにしか出現しないからだ。
悲しい事にゴブリンは魔石以外売れないからな。腰布なんか持ち帰ったら汚染物扱いで、処理するのに逆に金がかかるし。
それはさておき、魔石に加えて魔獣素材の売却ができるとなれば、1日の稼ぎは大きく増える事となる。つまり、雪菜の夢にまた一歩近づいたという事だ。
そう思うと自然と笑みがこぼれた。
「ふふ、では早速手続きしますね。 それにしても凄いステータスです。私も管理局に勤めてしばらく経ちますが、このレベル帯の方でこんな数値は見た事がないです! 何と言いますかその……将来、有望ですねっ!」
やや興奮気味に話す高田さん。
褒められるのは、まんざらでもない。俺は照れ隠しに頭を掻いて苦笑する。
「あはは……正直、自分でも驚いてますよ。とはいえ、これは全部、この
別に少年漫画に習って血の滲むような修行をしたわけでもない。
単に運が良かっただけなのだ。褒められるのは嬉しいが、自己評価はそんなもんだ。
「ふふっ、そんなに謙遜しないでください。
「えぇ、まぁ……そうですね」
「でしたら、これは貴方の努力の賜物ですよ。私が保証しますから、存分に誇ってください」
そう言ってにっこりと微笑む高田さん。暖かみある言葉も相まって、その姿が一瞬、女神に見えた。
「ありがとうございます。なんだか高田さんのお陰で、めちゃくちゃ頑張れそうです」
「ふふっ、それは何よりです。あっ、手続きが終わりましたのでステータスカードはお返ししますね」
俺はステータスカードを受け取るとポーチに収納した。
「ところで、この後はまた探索に出られるのですか?」
「もちろん、と言いたいところですが、先に『ピアーズ』で仲間を探そうかと思っています。今の俺ならパーティーも組めると思いますし」
ピアーズとは、管理局が提供する冒険者仲間マッチングアプリである。
俺が田上くんや三浦さんと知り合ったキッカケもこれだ。他社製の似たアプリは他にもいくつか存在するが、利用者はこっちの方が多いみたいだ。管理局公式とだけあって、ステータスカードと連動した機能が充実してるからな。
ちなみにピアーズとは英語で『同僚』を表す単語の複数形である。某恋活マッチングアプリとニュアンスが似ているが、きっと気のせいだ。
「あら、ご利用ありがとうございます。『ピアーズ』では毎月500組のパーティーが成立してますからね。きっと馬原さんにも素敵な出会いがありますよっ」
既視感のあるフレーズだが……気のせいだよな?
「そんなわけで今日は帰ってスマホの画面とにらめっこする事にします。俺のステータスだとマッチング相手への説明だけでも大変そうですし」
アプリの性質上、俺は賢者としてのプロフィールが表示されてしまう。しかし実際の役割は180度異なるため、マッチングした冒険者全員に俺の特異性を説明しなければならない。その点を加味すれば、仲間探しにもそれなりの時間を割くことになるだろう。
「ふふ、それじゃあ本日お時間取っていただくのは難しそうですね。 ──ではこれを」
帰ろうとした時、高田さんがメモ書きをすっと差し出す。そこには電話番号やメッセージアプリのアドレスが書かれていた。
「えーっと……こ、これは?」
「私のプライベートな連絡先です。言ったじゃないですか? お食事に行きましょうって」
「あはは……冗談じゃ無かったんですね……?」
「私はいつでも真面目ですよ? ──では探索頑張ってくださいね」
そう言って、高田さんは悪戯っぽく微笑んだ。悲しいほど女性慣れしていない俺は、頭を掻いて苦笑いするしかなかった。
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