第8話

 新しいモノを手に入れたら、人はどういった行動を取るのか。

 子供の頃、新しい玩具を買ってもらったら何をした?

 答えはとっても簡単。

 

 ──とにかく試したくなる。


「このステータスなら最深部までいけそうだな」


 スキルの試運転にちょっとした期待を込めつつ、俺は呟いた。


 ──【無碍の杖】おろかもののつえ


 俺が新たに手に入れたスキル……と言うより追加能力と表現するのが適切か。

 未だ謎の多いスキルではあるが、与えてくれる能力は至ってシンプル。スキルによって奪われた膨大な魔力を、各ステータスに分配する力だ。


 ──故に強力無比である。


 単純な攻撃力の数値だけで言えば、俺は30レベル前後の剣士職と同等であった。武器スキルによる補正が無くとも、このステータスがあればE級ダンジョンの最深部まで踏破するのも夢じゃない。

 そう考えた俺は、このまま下層まで探索を進める事にした。

 

 方針が決まったのなら早速出発だ。

 俺は【収納】ポーチを開いて、ステータスカードを収納しようとする。慣れた操作の途中、違和感に気付いた。


「……なんだこれ?」


 アイテムポーチの操作画面内に見慣れないアイテムが見えた。訝しみながらもそれをポーチから取り出し実体化させる。


「金属製のメイス、いやこれは──杖か?」


 手に取ったそれは、プラチナのような光沢を放つ銀色の杖だった。

 木製と異なり、反りのない真っ直ぐな柄。その先端には土星っぽい感じの球体がついたデザインだ。

 パッと見は鈍器であるメイスっぽいが、柄の長さ的に杖だろう。


 確か所有する装備アイテムに関しては【鑑定】が無くても、ある程度の情報が見れたはずだ。俺はこの謎の杖の情報を開示するよう、頭で念じる。浮かび上がった情報は以下の通りだった。


────────────────────────────────

<破壊の杖>

 愚者の権能により生み出されし、破壊に特化した杖。

 内包する再生の力により、全てを打ち砕くまで決して壊れない。

 効果:自動修復

────────────────────────────────


 うん。なんとなく予想はしていた。

 多分だけど俺のスキルによって生まれた武器っぽい。

 それにしてもひどい説明文だ。『全てを打ち砕く』って……。

 もう杖である必要性がないだろ。ハンマーでええやんけ。


「腑に落ちんところもあるが──まぁ、硬けりゃ何でもいいか」


 どうせ考えても無駄なのだ。ダンジョンといいスキルといい、人智を超えた理の産物だ。人の身で理解しようとする方がおこがましいってもんだろう。とにかく今は先へ進もう。



 俺は軽い足取りでダンジョンを突き進む。

 しばらく篭もっていた甲斐あって、二層目までのルートは熟知していた。


 ──ヒュッ!


 風切り音と共に、何かが俺目掛けて放たれた。


(不味った! ゴブリンアーチャーかッ!?)


 咄嗟に回避行動に移るが、時既に遅し。ゴブリンアーチャーが放ったと思しき矢が俺の胸に深く突き──刺さらない。


「ん……?」

 

 一直線に飛んできた矢は、俺の胸に当たるやいなや、カンッと弾かれてしまった。

 まさか、俺の防御力が高過ぎてここらの魔獣じゃ傷すら付けられないのか?


「どうやらそのボロ矢じゃ俺を貫通できないようだな」


 矢が放たれた方向へ視線を向けると、ゴブリンアーチャーが焦燥した様子でこちらを見ていた。


「グ、グギャ……!」


 魔獣とはいえ、相手が格上か否かを見分ける程度の知性はあるらしい。敵わないと知ってか、ゴブリンアーチャー背を向けて逃走──


「──させねぇぞ?」


 高い敏捷ステータスを駆使し、俺は弾丸の如く詰め寄った。さきほど手に入れた破壊の杖を、無慈悲に振り下ろす。


 ──刹那、まるでトマトを叩き潰したみたいにゴブリンの肉片が弾け飛んだ。


「うわぁっ!? 汚なっ!」


 俺は強引に身をよじって何とか返り血諸々を避けた。

 どうやらステータスの恩恵は想像以上みたいだ。加減が掴めず、風船みたいに破裂させてしまった。


「こりゃ、レベルアップする度に調整が必要だな……俺の基礎魔力値から計算すると一レベル上がる度にステータスが跳ね上がりそうだし」


 呟きながら杖で空を切った。ヒュンッと小気味の良い音が鳴る。その勢いで、杖に付着した血と脳漿っぽいものを払いのけた。


「ちくしょう……なんかこびりついてる。汚れ対策もいるな。……タダでゲットした装備だし、適当に車用のコーティング剤でも塗っとくか?」


 いかんせん綺麗に敵を倒せない自分に苛立ちを感じながら、俺はさらに奥へと歩を進めた。



 ◇



【小鬼の巣穴】最下層──第十層まで辿り着くのは容易だった。

 一応、第五階層目からは弓矢などのトラップが出てきたが、その威力はゴブリンの放つ矢と同程度なので支障は無かった。毒矢っほいのもあったが、耐性スキルがあるし問題ない。


「この先がダンジョンボスの部屋か」


 ダンジョンの最下層には、ダンジョンボスと呼ばれる上位の魔獣が存在する。理屈としては、ダンジョンは深ければ深いほど魔獣を生み出すエネルギーの濃度が高く、それによりボス的な存在が生み出されるそうだ。


 ゲームチック過ぎて色んな疑問は湧いてくるが、とにかくそうなんだと飲み込むしかない。その疑問は、ダンジョンの存在そのものについて疑問を投げ掛けるのに等しいからだ。そういう仕事は管理局の研究員がする事で、冒険者の俺が気にするところではない。


(アイツがダンジョンボス──ゴブリンジェネラルか。……なんつーか、キモいな)


 通路から部屋を覗き込むと、そこには新緑色の肌をした鬼が佇んでいた。

 鬼と言っても角は生えていない。尖った耳に黄ばんだ牙。白目の無い真っ黒な双眸。縦に長く少し痩けた顔の特徴はゴブリンのそれだ。


 端的に言えば、八頭身の肉体だけマッチョゴブリン。

 この短い文言だけで、そのキモさがわかるだろう。

 別にマッチョを否定しているわけではない。あれは同種──つまり人間として見るから、そのプロポーションに逞しさや雄々しさを感じるのだ。

 醜悪な人外ゴブリンが筋肉隆々かつ、その肉体を活かしてこちらに危害を加えようと迫って来るなら、そりゃ嫌悪感しかないのである。つまりキモい。


 おっといかん。

 雪菜の悪い口癖が伝染っているな。気を付けないと。


(さておき、力を試す絶好の機会だ。戦わないという選択肢はないな)


 意を決して俺はゴブリンジェネラル──もといの佇む部屋へと進入した。うん、そのの方が見た目相応でしっくり来るぞ。


「グギャギャギャッ!!」


 俺の存在に気付くや否や、八頭身ゴブリンはその醜悪な顔を笑顔の形に歪める。

 鳴き方はゴブリンと一緒だが、体格が大きい分、その声は野太い。


 ──ダンッ!


 大地を蹴る音と共に、八頭身ゴブリンが手に持つ大鉈で斬りかかってきた。


「ッ!? 思ったより俊敏だな!? キモさ倍増だぞ!?」


 俺は杖術スキル──【風柳かざやなぎ】を発動し、大鉈の一撃を柄でしなやかに受け流す。金属同士がぶつかり、甲高い音が洞窟内に響いた。


「ゲギャ!ゲギャギャッ!!」


 初手を防がれたにも関わらず、楽しそうに笑う八頭身ゴブリン。

 見た目通り、好戦的な性格のようだ。これはどうだ、と言わんばかりに大鉈の連撃を繰り出してくる。


「このゴブリン、やけに楽しそうだな。好敵手と出会えたって感じか?」


 怒涛の剣戟。それらを丁寧に杖で受け流してゆく。

 確かに一撃一撃が早い。そして重い。だが──それも他のゴブリンと比べての話。


「だけど、一つ間違ってるぞ? 好敵手って言葉はな──」


「ギギャッ!?」

 

 言葉を続けながら、杖術スキル【打突】を発動。

 石突の部分をゴブリンに打ち付け、やや距離を取った。

 すかさず杖を構え直し、垂直に振り上げて踏み込むッ!


「──同格相手に使うもんだ。歯を食いしばれ。は、他のEランクの何倍も重いぞ?」


 渾身の一撃。

 

「グ、ギャ……ガッ!?」


 それによりゴブリンジェネラルの頭は、胴体にねじ込まれるように陥没してしまった。恐らく絶命しただろう。こんな状態で生命活動を維持できる生物を俺は知らない。


「……なんか余計キモくなっちまったな」


 中途半端に頭が陥没した姿はなんだか締まりが悪く、死体のグロさとかを通り越してキモいの感情しかわかなかった。


 悪いな、八頭身ゴブリンよ。

 俺はこういう倒し方しかできんのだ。


 心の中でそっと謝罪した後、俺はナイフを取り出して魔石の回収を始めた。

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