覚醒 編
第7話
「ほらぁ……さっさと起きてよ!」
「むぐっ……!?」
ボフッ──そんな擬音が似合いそうな衝撃を顔に受けて、俺は目覚めた。
どうやら部屋に置いていたクッションが顔に当たったらしい。……なんで?
まだ覚醒しきらない頭をポリポリと掻きながら、声がした方向へと目を向ける。
「……なんだ、雪菜か。おはよう、今日もかわいいね」
視線の先には制服にエプロン姿の雪菜の姿があった。
相変わらず世界一可愛い妹だよ。
見た目の麗しさはもちろんだが、彼女の魅力はそれだけではない。家事スキルまで完備した女子力完璧美少女なのだ。
「キモッ……朝からシスコン満載のキモワード吐くのやめてくんない?」
研がれたナイフのような暴言が遠慮なく俺を刺す。どうやら兄からのささやかな賛辞はお気に召さなかったようだ。おかしいな。褒め上手な男は乙女心にクリティカルヒットするって、雑誌で見たんだけどな。
喜ぶどころか、むしろ氷のように冷えた目で俺を睨みつける雪菜。だが、その程度でへこたれる俺ではないのだ。
「なんでだ? 雪菜はめちゃくちゃ可愛いと俺は──」
「ああーもうっ! わかったから! 寝惚けた事言ってないで早く朝ご飯食べて! ──どうせ今日も行くんでしょ?」
「……あぁ、そうだったな。悪いな、すぐ支度する」
俺が返すと、雪菜はふんっと鼻を鳴らしてリビングへ戻っていった。相変わらず素直じゃないやつだ。
「さて、今日も頑張りますかっと」
ベッドから起き上がり、俺はクローゼットから着替えを取り出した。もちろん着るのは通常の衣服ではない。冒険者用の装備一式である。サラサラとした質感のワイシャツと、いかにも魔法使いが履いてそうなバギーパンツ。
さらにその上に、深紅のフード付きローブを羽織れば完成である。これが魔術師系統のオーソドックスな装備一式だった。
(相変わらず心許ない防具だ。せめて装備が天職に左右されなければな……)
残念な事に、冒険者用装備にはいくつか制限があった。
まず、自分の天職に合った装備以外は着用できない。なんでも冒険者用装備は生産系天職の人が制作しているらしいが、完成した段階で既にそういう仕様になっているそうだ。
ちなみに無理に別の職業装備を着用しようとすれば、これまた原理不明だが、たちまち力が抜けて気を失ってしまうとの事。ダンジョンという存在自体もそうだが、本当に不思議な事だらけなもんだ。
「……こいつもそろそろ買い替えどきか?」
最後に俺はクローゼットに立て掛けてある長杖を手にとった。ギガントウッドと呼ばれるダンジョン産の樹木から作られた無骨な杖である。ダンジョン産だけあって、その硬度は黒檀などの高硬度な材木を優に超える。まさに物理攻撃にうってつけの杖だった。
そんな俺の主力武器だが、今ではすっかり損耗していた。
なにせ俺が魔力を失ったあの日から、既に1ヶ月が経過している。その間、ほぼ毎日E級ダンジョンの浅い層に籠もり、魔獣を殴り殺していたのだ。度重なる殴打により杖の先端は摩耗し、魔獣の返り血で赤黒く変色していた。
「行き道で冒険者ショップに寄るか。2本くらい買っとけば、またしばらく持つだろ」
所詮は木材。冒険者用の武器としては比較的安価だ。俺の戦闘スタイルからすれば消耗品みたいなもんだし、予備を買っておいて損はない。
そんな事を考えながら、【収納】スキルの付与されたポーチに杖を仕舞い込んだ。
「ちょっとー! お兄ちゃんまだ!? お味噌汁冷めちゃうんですけどーっ!?」
「……おっと、すまん! すぐに行く!」
リビングから聞こえてくる雪菜の怒声に慌てて返事した後、俺はリビングへと向かった。
◇
雪菜の愛情がこもった朝ご飯で精をつけた俺は、隣町にあるE級ダンジョン──通称【小鬼の巣穴】へとやってきた。名前の通り、ゴブリン系の魔獣が多く出現するダンジョンである。ここの一層から二層付近が今の俺の主な狩場だった。
今の俺のステータスだと、こいつらが一番手頃なのだ。
ちなみに、今の俺のステータスはこんな感じである。
────────────────────────────────
<基本情報>
名称 :馬原 賢人
天職 :賢者
レベル :12
体力 :328
魔力 :0
攻撃力 :39
防御力 :26
敏捷 :23
幸運 :64
<スキル情報>
SLv1効果:
・保持者の魔力値に-100%の補正。
・保持者の魔力値以外のステータス基礎値に-50%の補正。
【火属性魔法】SLv3
【水属性魔法】SLv1
【風属性魔法】SLv1
【地属性魔法】SLv1
【雷属性魔法】SLv1
【聖属性魔法】SLv1
【回復魔法】SLv1
【状態異常解除】SLv2
【状態異常耐性】SLv2
【闇属性魔法耐性】SLv1
【杖術】SLv4
────────────────────────────────
もう見慣れたが、相変わらずひどいデバフ効果である。12レベルに達して、ようやく以前のステータスを超える事ができた。
ステータスの伸びは最低だが、レベルアップに伴って新たなスキルは増えている。無論、魔力が0なので魔法系スキルに関してはステータス画面を圧迫するだけの存在だが。
そんなわけで今の主力は【杖術】という護身術程度の近接攻撃スキルである。
「さてと、今日もぶん殴るか」
杖を構えながら、洞窟内を突き進む。何度も通っているため、このダンジョンで迷う事はない。しばらく歩くと、前方に数匹のゴブリンの姿が見えた。
(三体か。早めに一匹は倒したいな)
幸いゴブリン達は、俺にまだ気付いていない。不意打ちから渾身の
俺はゴブリンの視線から外れるように回り込んだ後、忍び足で接近していく。そして一定の距離まで近付いたら──そこから駆け足で一気に距離を詰めた。
「グギャギャ──ガッ!?」
俺の接近に気付いたゴブリンが醜悪な声で叫ぶが──もう遅い。
渾身の力で杖を振り下ろし、一撃でゴブリンの頭蓋をかち割った。
「グギグッ! ギギャッ!!」
「ヒギャ! ギャギャギャッ!」
刹那の間に絶命した同族の姿を見て残ったゴブリンが喚き出した。
相変わらず醜悪な見た目だ。小汚い緑の肌に白目の無い不気味な眼球。それから下品な鳴き声。人によっては生理的嫌悪感を抱きそうなそいつらは、手に持った短刀で俺に切りかかってきた。
「はっ! 食らってたまるか!」
型も何もない、ただ闇雲に振り回すだけの攻撃。
俺は冷静に身を捻って回避する。杖で受けても良いのだが、硬いとはいえ、所詮木材なので刃が食い込む恐れがある。なので杖で受けるのは最終手段だ。
「ほらよ! 重いのをくれてやる!」
「グゴギュッ!?」
身を捻った勢いを利用して杖を大きく振りかぶった。
そのままゴブリンの横顔へフルスイングをぶちかます。
ゴリュッと嫌な感触が手に伝わるが気にしない。生物的にアウトな向きへと首が曲がったゴブリンは、そのまま宙を舞い、数メートル先へドサリと音を立てて墜ちた。
「──ガャギャギャッッ!!」
吹き飛んだ仲間の事など気にも止めず、三匹目が跳ねるように飛びかかってきた。
こちらの得物は長物。リーチ的に組みつかれると厄介極まりない。俺は咄嗟に杖術スキル【打突】を発動させた。
手速く杖を逆手に持ち替え、細い方の尖端で小鬼の腹部を突き飛ばす。当然ながらゴブリンは倒し切れないが、問題無い。
元々魔術師の護身用スキルのため威力は控えめなのだ。代わりにノックバック効果が高く、突き飛ばされたゴブリンはボールのように跳ね転がった。
「トドメだッ! おらッ!」
俺はゴブリンの元へ素早く詰め寄ると、杖を真上に振り上げ──脳天目掛けて振り下ろした。
「ギデブゥッ!?」
某世紀末アニメの雑魚キャラのような悲鳴と共に、三匹目のゴブリンは絶命した。
「ふぅ……上々だな。今日は調子がいい」
戦闘によってかいた汗をローブの裾で拭いながら、俺は呟いた。それから俺は同じような要領でゴブリンを狩っていった。
ひたすら殴打し、ゴブリンの頭蓋骨を粉砕する。これの繰り返しだ。最初は嫌悪感こそあったものの、今はすっかり慣れてしまった。胡桃を割るような感覚で狩りを進めてゆく。
「……おい見ろよ。アイツまたゴブリンを杖で殴り殺してるぜ?」
「ちょっと猟奇的よね……サイコパスなんじゃない?」
倒したゴブリンから魔石をほじくり出していると、後方からひそひそとした話し声が聴こえた。視線を向けると、少し離れた位置に別の冒険者パーティーがいた。
「……やば、こっち見た。ねぇ、早く行こ。なんか怖いし」
「お、おう、そうだな」
俺と目が合ったのがよっぽど嫌なのか、彼らは早足で横を通り過ぎていった。まるで腫れ物のような扱いではあるが、それについて特に何も思わなかった。
むしろ彼らの反応こそ正常だと思える。傍から見れば、俺は低級ダンジョンに引き篭もり、格下の魔獣をわざわざ殴殺しているヤバい魔法使いなのだ。
そりゃあ精神に何か異常を来していると思われても仕方がないだろう。俺だって、自分でそう思うしな。
(──さてと、次だ次)
魔石をほじくり終えると、俺は立ち上がって次の獲物を探した。とにかく早急にレベルアップして、次のランクに移らないといけない。でなければ、とてもじゃないが短期間で数千万円という金は集まらないのだ。
しばらく探索すれば、すぐに標的は見つかった。流石、巣穴というだけあってゴブリンに困る事はない。
「グギャ……ッ!」
俺はゴブリンへ素早く接近すると、慣れた手付きで頭をかち割った──刹那、脳内にファンファーレが鳴り響いた。
「はっ?」
初めての現象に俺は素っ頓狂な声を上げた。そんな俺の様子にはお構いなく、脳内にメッセージが響く。
『──活性化後、規定数の魔獣討伐を達成。
(嘘だろ……? まさか、デバフ効果がさらに高まるのか?)
元々マイナス効果のあるスキルだ。そのレベルが上がったとなれば、単純にデバフ量が増加したと捉えるのが自然的である。もし本当にそうなら、最悪だが。
(……ステータスオープン)
まずは確認が先決だ。俺はポーチからステータスカードを取り出し、ゆっくりと念じる。ぶっちゃけ、ステータスを見るのが怖かった。
この一ヶ月の努力が水の泡になるんじゃないか。
雪菜の夢を叶える為の道がさらに遠のくんじゃないか。
──そんな不安と焦燥が俺の胸の内をぐるぐると渦巻く。
だけども、中身を確認しなければ何も始まらない。少しばかり深呼吸をして気持ちを落ち着けた後、俺は恐る恐るステータス画面を覗き込んだ。
「……ッ!?」
────────────────────────────────
<基本情報>
名称 :馬原 賢人
天職 :賢者
レベル :12
体力 :1224
魔力 :0
攻撃力 :934
防御力 :922
敏捷 :919
幸運 :960
<スキル情報>
SLv1効果:
・保持者の魔力値に-100%の補正。
・保持者の魔力値以外のステータス基礎値に-50%の補正。
Lv2効果:
・失った魔力値の20%分づつ、魔力を除く全ステータスを増加させる。
【火属性魔法】SLv3
【水属性魔法】SLv1
【風属性魔法】SLv1
【地属性魔法】SLv1
【雷属性魔法】SLv1
【聖属性魔法】SLv1
【回復魔法】SLv1
【状態異常解除】SLv2
【状態異常耐性】SLv2
【闇属性魔法耐性】SLv1
【杖術】SLv4
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「デバフじゃない……? むしろこの上昇値……いったい何なんだ、このスキルは?」
新たに獲得したパッシブスキルは、俺の失った魔力を他の力へと還元するものだった。ステータス上昇の嬉しさ半分、その異常とも言える補正値に俺は驚愕した。
「愚か者の杖──どうやら、このスキルはどうしても俺に魔獣を殴殺させたいみたいだな」
魔法を放つのではなく、頭蓋を叩き割る為に杖を振るう愚か者。
まさに今の俺にぴったりの──それでいて、腹の立つスキル名だった。
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