第6話

「本当に……すみませんでした」


 【修練場】の入場ゲート前で、俺は深く頭を下げた。

 いったいどれほどの時間、ダンジョンに潜っていたのだろうか。あたりはすっかり薄暗くなっていた。

 微かに差す夕日が、頭を下げた俺を物悲しく照らしている。そんな俺を田上くんが冷めた瞳で見ていた。


「……意図的でない事は理解しました。ですが、そうだとしても、到底許される事じゃありません」


 彼の姿はボロボロだった。至る所を怪我しており、纏っていた鎧はもはやその原型を留めていない。これも魔法という唯一の長所を失った俺をフォローすべく、死物狂いで戦ったせいだ。 

 そんな彼の奮闘があって、俺たちはなんとかモンスターハウスを切り抜け、ダンジョンの入口まで生還する事ができたのだった。


 ただ、満身創痍なその姿に胸が痛む。


「やめようよ雄二……。馬原さんはきっとあたしたちのためになると思ってやったんだよ。それに、こうやって無事に生き残れたし……ね?」


 おろおろしながら田上くんの袖を引く三浦さん。こんな俺を未だフォローしてくれるなんて、聖女か何かか?

 ただ、その優しさも、今の俺の心情からすれば追い打ちでしかない。不甲斐なさと罪悪感が胸を満たし、堪らず俺は唇を噛んだ。


「由佳、僕はそこに対して怒ってるんじゃない。たとえ、それが善意の行動だったとしても、結果的にパーティーにさらに負担をかけて死ぬ危険が高まったんだ。これは冒険者だからってだけで咎めてるんじゃない。日常生活でも一緒だよ。……例えば交通事故があったとして、わざとじゃないってだけで無罪放免になるかい?」


「そ、それは……」


「つまり、僕が言いたいのはそういう事だ」


 田上くんの意見は正しかった。

 どんな行為でも結果的に誰かを傷つけたのなら、そいつは責任を負う。たとえそれが意図しないものだったとしてもだ。

 彼はただの感情論で俺を叱りつけているのではない。パーティーを統率するリーダーとして、しっかりと物事を捉えている。まだ17か18くらいの若さだったが、その器量は俺なんかよりずっと大きかった。


「田上くんの言う通り、今回の責任は全て俺にあります。本当にすみませんでした。……破損した装備類は俺に弁償させてください。」


 だからこそ、今の俺にできることは誠心誠意頭を下げることだ。許してくれとまでは思わない。ただ、しっかりとケジメは付けないといけない。

 俺は改めて頭を深く下げた。今ならビジネスマンとして通用しそうなくらい、それはそれは深く。

 

「……もう時間も遅いですし、これくらいにしましょうか」 


 そんな俺の姿を見て、田上くんは嘆息した。俺の深謝の意が伝わったのか、それともしつこく謝罪する俺に根負けしただけか。理由はわからないが、先ほどよりも表情は和らいでいるように見えた。


「馬原さんの気持ちは十分理解しましたし、生き残ったのは事実です。だから今回の件はこれで不問にします。それと装備代は不要です……怪我の功名ですが5レベルも上がって、ある意味利益も得たので」

「雄二……! あ、ありがとう!」

「……なぜ由佳がお礼を言うんだ」

「え、あれ? 確かにそうだね……えへへ」


 やれやれといった様子の田上くん。そんな彼の言葉に、三浦さんが嬉しそうにはにかんだ。生真面目な委員長とそれを軟化させるムードメーカーって感じで、相性の良い二人だ。


「ありがとうございます……!」


 彼の寛大な措置に、俺はしっかりと謝意を伝えた。そんな俺に対して彼は、少し申し訳無さを含みながら言葉を返す。


「良い経験値になったのは事実ですから大丈夫です。……ただし、馬原さん。貴方と組むのは今日が最後です」

「……はい」

「……気を悪くしないでくださいね。感情論抜きにしても、魔法が使えない賢者と組めるほど僕らは強くないですから」

「……大丈夫です。そこはちゃんと理解しています」


 なまじ成人してるだけに、そこは素直に飲み込めた。ただ、頭で理解していても俺には辛いものがあった。

 魔法の使えない賢者。その事実はこの先の冒険者生命を大きく左右するものだ。そしてその影響は雪菜の将来にも。


(クソッ……何なんだよこのスキルは……)


 俺は心の中で毒づいた。


「……それじゃ、解散しましょう」


 田上くんの一言と共に、今日の探索は幕を閉じた。

 もう組むことはない。ありふれた別れ言葉の含意を、俺はそう読み取った。


 

 二人が帰るのを見届けた後、俺はしばらく立ち尽くしていた。

 あたりはもう暗い。色んな感情が込み上げてきたが、それをグッと飲み込んだ。深呼吸して気持ちを落ち着け、これからの事を思考する。


「……とにかく、レベルを上げるか」


 できる事が少ない分、結論はすぐに出た。俺の手元にあるスキルは、魔力を全てマイナスし、さらに他のステータスを半減させる。

 そして、レベルアップによるステータスの上昇値は1レベルあたり10%前後だ。つまり、比較対象が魔術師なら、10レベル程の差あれば攻撃力が同等になる計算だ。


 さらに20レベル差があれば、近接職の攻撃力とも同等となる。これは田上くんに教えてもらった剣士のステータス基準だから、他のレアな近接系天職だともっとレベルが必要かもしれんが。

 とにかく、適性レベル+20レベルあれば、杖の殴打による近接戦闘で十分戦えるのだ。


「……雪菜、お兄ちゃんは諦めねぇからな」


 この絶望的な状況でも、冒険者をやめるという選択肢は無かった。スライムの魔石ですら一個600円から700円で取引されるのだ。流石は命を賭した職業と言える。下手なコンビニバイトより時給が良いのだから。

 俺はさっきまで潜っていた【修練場】のゲートへ視線を向けた。


「……もう少し、魔石を集めておくか」


 後1時間程度なら、晩ごはんの時間には間に合うだろう。俺はポーチからステータスカードを取り出した。

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